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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 監色共色


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第85話


 王認勇者。


 王を除く貴族からの命令を跳ねのけられるほど強い権限を持ち、教会から直々に勇者認定を受けた特別な存在。


 想起されるのはジマルベスを脱出した後に見た黄金の柱。クランシャルデをしてジマルベスの守護神でも勝てないと言わしめた人間の希望。


 そしておそらくは、ジマルベス陥落を引き起こした張本人。


 総毛立つ俺の前でロッテンライター教授が微笑を浮かべる。

 

「相変わらず堅苦しいな。わしと貴方の仲だろうに」

「親しくとも礼は必要だ。公私混同は流儀に反する」


 青い瞳が教授から外れて俺を捉える。


「君はゼミ生か?」


 言葉が出ない。


 色んな思考が俺の脳内を駆けめぐる。


 俺は勇者に友好的でいればいいのか、敵対的でいればいいのか。それすら判断がつかない。


 焦りだけが募る。


 敵と認識されたら、果たして俺は勝てるのか?


「彼はゼミ生ではない。まだ一年生だ」


 俺の代わりに教授が口を開いた。


「一年生か。ならば質問かレポートの提出に来たのだな」

「違う違う、彼は今回の研究の関係者だよ。カムル・ニーゲライテと言うのだが、これがまた優秀な学生でな。今回君に試射してもらう術式も彼が考案したのだ」

「ほう」


 双眸が興味深そうに見張られる。


「まだ若そうなのに大したものだ。魔族が未知の魔法を行使したと聞いた時は先行きを懸念したものだが、この若き才能があれば我らの将来も明るいな。期待している、がんばってくれ」

「そうプレッシャーをかけるでない。見ろ、ニーゲライテ君が怯えているだろう。貴方あなたは顔が怖いのだ」

 

 怯えている? 俺が?


 ロッテンハイター教授に指摘されて、俺の指先が微かに震えていることに気づく。


 震えとは裏腹に、先程かけられた言葉で胸の内はぽかぽかと温かい。


 泉のごとくわき上がるおそれに、手の届かない存在に認められた高揚感。負と正の感情が混在して頭が変になりそうだ。

 

「アストレイカー君、茶でも飲むか?」

「遠慮しておこう。こう見えて多忙な身でな、この後もスケジュールが詰まっている。早速だが試射させてもらいたい」

「了解した。ニーゲライテ君、出発するぞ」

「はい」


 俺は術式が組み込まれたデバイスを持って研究室を出た。外で待たされていた馬車に三人で乗り込む。


 車両内には知的そうな男性が乗っていた。


「ご無沙汰しております、ロッテンライター教授」

「おお、シークランド君。君も息災で何よりだ」


 馬車が揺れた。窓の向こう側に映る景色が視界の隅に流れる。


 レンズ越しの瞳が俺を見すえた。


「君とは初めましてだね。私はバルト・スタン・シークランド。王認勇者ヴァランの側つきをさせてもらっている。君はゼミ生と考えていいのかな?」

「はい。このたび試射に同行させてもらいます、カムル・ニーゲライテと申します」

「利発そうな若者だ。ヴァランも彼を気に入ったんじゃないか?」

「ああ。さっきプレッシャーをかけておった」

「人聞きが悪いぞ。俺は期待していると言っただけだ」

「さっきも言ったが貴方は顔が怖いのだ。もっと口角上げるとかしたらどうだね」

「性分だ。気にしないでくれ」

「そんなだから小さい子供に泣かれるのだぞ」


 馬車内が笑い声でにぎやかさを増す。


 調子がくるう。老人におちょくられるさまはただの人間みたいだ。


 勇者と教授の雑談が車両内を満たす。


 俺は窓の向こう側に視線を送りつつ、時折横目を振って勇者の様子をうかがう。


「ヴァランが気になるかい?」


 シークランドさんと目が合った。


 俺は平静を装って口を開く。


「勇者ですからね。どうしたって気になります」

「そりゃそうだ。道行く人はみな勇者と聞くや集まりを作る。それだけ勇者という肩書きは特別だ」

「シークランドさんはアストレイカーさんについて詳しそうですね」

「一通り知っているよ。そうでなければ側つきは務まらない」

「知っていることだけでいいので教えてくれませんか?」

「もちろんだとも」


 シークランドさんが悠々と語り始める。


 王認勇者ヴァラン・アストレイカーは貴族の生まれだったが、すぐに貴族としての立場を失った。


 というのも彼は小さい頃に両親の汚職を告発した。証拠もそろえられて言い逃れのきく状況ではなかったそうだ。


 汚職に手を染めた貴族の子息。政治的地位や影響力が消えて、世間のヴァランに対する風当たりはきつかった。


 子供ながらに両親を売ったことも美徳ではなく恐るべきものとしてあつかわれた。


 それでもヴァラン・アストレイカーはめげなかった。修道院に身を置いて宗教教育や言語を学び、修道士として地域に貢献した。人々も徐々に認識を改めたという。


 転機が訪れたのは十年前。修道院近くの村が魔族の襲撃を受けた。


 ヴァランは現場に駆けつけた。ろくに戦闘訓練を積んでいなかったにもかかわらず魔法を行使し、一人で六幻征むげんせいなる強力な魔族を返り討ちにした。


 一騎当千の活躍を経てヴァラン・アストレイカーは諸侯から注目された。


 しかし先に動いたのは教会だった。


 当時のヴァランは修道士。教会のシステムに組み込まれている存在が、荘厳なる金の光を用いて六幻征むげんせいの撃破という人類未到の戦果を叩き出した。


 教会が担ぎ上げるのにこれ以上の人材はいない。教会はヴァランを神に遣わされた救世主として勇者の称号を与えた。


 それからヴァランは魔族や魔物相手に戦う日々を送った。時には他国の兵士と交戦して戦果を上げ続けた。


 それだけ多大な活躍をする者を独占されては教会の権力が増すばかりだ。国王ことセグランデ十三世はその状態をよしとしなかった。


 王と教会。


 王認勇者という肩書きは、両者が互いを立てる形で生まれたのだとか。


「王認勇者の成り立ちについては分かりましたけど、六幻征むげんせいって何ですか?」

「魔族の中でも一際強い力を持つ六体の呼称だよ。ヴァランがほうむったから一体欠けているが呼称は変わっていないんだ」


 魔王国では聞いたことがない。


 勇者に討たれたから話題にするなとお触れが出ていたんだろうか。


「すごいですね。そんな魔族を訓練すら積んでない身で倒すなんて」

「ああ、まさしく偉業だよ。純粋に魔法出力の高さで倒したわけだからね。だがそんなことは極めて些事だ、重要なことじゃない」

「と言うと?」

「ヴァランの素晴らしいところは、その清廉潔白さにある」


 シークランドさんが口角を上げる。


 これまた熱い語りが始まった。


「ヴァランの両親は名誉と金を持ち合わせていた。順当にいけば継承できるはずだったそれを、ヴァランは正義感というただ一点のみで捨て去った! 信じられるかい? 黙っていれば人生は思いのままだったのに、彼は血のつながった肉親相手ですら悪人として糾弾したのだ! そんな正義を具現化したような存在を、世の愚物どもは汚職貴族の子息として冷遇した。万人が絶望するその状況でも、ヴァランは人々のためにと活動した。ついには人々を守るために剣を取り、その才覚を覚醒させて六幻征を討ち取った! こんな所業、ヴァランの他に一体誰ができた? 大半は両親を糾弾することすらしない。自分は得をするのだからと悪に目をつぶり、両親とともにほくそ笑んで貧窮ひんきゅうする民を嘲笑っていただろう。ヴァランは特別だ、まさしく神に選ばれた存在だよ」

「シークランド、俺を聖者のように語るのはやめろ。俺は只人ただびとだ。自分にできることをしたにすぎん」


 勇者が厳しく目を細めた。


 シークランドさんが肩をすくめる。


「そのできることが九割以上の人間にできないから貴方は勇者なんだ。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ?」

「謙遜ではない、人には向き不向きがあるというだけだ。俺が魔法学の研究者として生きられないように、他者が勇者として生きられないのは当たり前だろう。俺には敵を殺すことしかできんし、むしろ民衆に同じことをされては困る。国を発展させるのは作る側の人間なのだ。そこの天才少年のようにな」


 俺は微かに目を見張る。


 もっと高圧的で傲慢な人柄を想像していた。


 俺が会った貴族の大半はそんな輩だったし、相手は教会や王からも特別視される王認勇者だ。俺たちのことなんて塵芥ちりあくたとしか思っていないと考えていた。


 いや、まだ分からない。


 面と向かって「お前はゴミだ」と言える人は希少種だ。


 悪人だって相手がいない時にほくそ笑む。いくら傲慢でも逃げ場のない車両内で心の底は明かさないだろう。


 あのいけすかない自称神は勇者を人格者と告げていたが、俺はもうだまされない。


「それを謙遜と言っているんだよ。貴方は大半の物事をそつなくこなせるが、その逆はない。王認勇者を務められるのはヴァラン・アストレイカーただ一人なのだ。そこを勘違いしてはいけないよ」


 さすがに俺でも悟った。


 これはあれだ、信者ってやつだ。


 シークランドさんが微笑をたずさえて横目を振る。


「今、私が信者だと呆れたね?」


 意図せず息が詰まる。


 シークランドさんが小さく笑った。


「やはり図星だったか」

「すみません。失礼なことを思ってしまって」

「気にしなくていい、むしろそれでいいんだ。勇者というワードに惑わされず、自身の目で見たものを信じる。そんな君だからこそヴァランは好ましく思ったのだろう。年の差はあるが、彼のよき友人になってくれると嬉しい」


 俺は言葉に詰まって視線を逸らす。


 本当にこの人たちはやりづらい。




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