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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 監色共色


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第82話

「ニーゲライテさんはすごいね!」


 俺が自室でくつろいでいると、部屋に戻ったルームメイトがそんなことを言ってきた。


「すごいって成績のことか?」

「違うよ。お昼休みでパーモルデさんに真っ向から言い返したでしょ? かっこいいなぁって思ってたんだ」


 パーモルデは伯爵子息。よほどのことがなければ将来伯爵になる男だ。同級生の中で真っ向から対立できる生徒は少ない。


 学校がそんな環境だからか、アドリアンさんには俺が格好良く映ったらしい。


「そんなことか。別に褒められたことじゃないよ」

「どうして? 少なくともニーゲライテさんは僕にできないことをしたんだよ?」

「それが駄目なんだ。今でこそパーモルデは無爵だけど、いずれは男爵子爵をすっ飛ばして伯爵になる。反抗したっていいことはない」

「だったらどうしてニーゲライテさんは言い返したの?」

「どうでもいいからだ」

「どうでもいいって何が」

「貴族社会がだ」


 魔法を学んで、魔法大学を出て、自分が貴族として生きていくビジョンが浮かばない。


 法衣貴族として領地を持てば責任が生じる。今のように気楽な立ち回りをすることは許されない。


 下手なことをすれば領地に住まう人々の暮らしが脅かされる。貴族らしくコネや媚びをフル活用した振る舞いが求められる。


 そんな自分を想像するとたまらなく嫌な気分になる。間違っても貴族として生きる道を選ばないようにパーモルデを挑発した、なんて荒唐無稽こうとうむけいな考えを否定できない自分がいる。


 アドリアンさんがうつむく。


「僕はずっとパーモルデさんたちに荷物持ちをさせられてる。実習の準備は押しつけられるし、彼らの罰当番だってやるのは僕だ。本当は自分でやってって言いたいけど怖くてできない。だから、やっぱりニーゲライテさんはすごいって思うんだ」


 あこがれか。


 自分にはできないことをこなす人間に対する憧憬。俺も子供だった頃は同級生に似た感情を向けた覚えがある。

 

 それゆえにアドリアンさんが突っ走らないか不安になる。この際だし忠告しておくか。


「アドリアンさんの価値観を否定はしないよ。その気持ちを大事にするといい」

「え、でも今」

「何もパーモルデに逆らえと言ってるわけじゃない。あいつにかまけて学校生活をないがしろにするのはもったいないって言ってるんだ」

「もったいない?」

「君が俺にあこがれたのは、俺が君にないものを持ってるからだろ。そういう生徒は他にもいるはずだ。パーモルデ以外は比較的まともなんだから、色んな生徒に関わって良いと思ったものを吸収しろ。あこがれは真似るものじゃない。そうやって地道に近づいていくものなんだよ」


 アドリアンさんが目をぱちくりさせる。


「ニーゲライテさんって老成したこと言うんだね」

「老けてて悪かったな」

「悪口じゃないよ。ニーゲライテさんがハッとすること言うものだから同年代とは思えなくてさ」

「経験だけは無駄に積み重ねたからな」


 ほとんど悪い経験ばかりだが、だからこそ他の人には教えられないことを伝えられる。俺ほど優れた反面教師はそうそういない。


「分かった、現状を維持してがんばってみるよ。ありがとうニーゲライテさん」


 アドリアンさんがあどけない笑みを浮かべる。


 彼の人生を微かでも豊かにできたのなら、こんな人生にも価値はあったってことか。


 俺はどういたしましてを告げて自分の勉強に戻る。


 魔導書のページに影が落ちた。


「ニーゲライテさんはいつも難しい本を読んでるね。何の魔導書なの?」

「調和魔導子の連立崩壊について」

「ごめん何言ってるのか全然分かんない」

「知らなくていいことだよ。学者や研究者じゃなければ使うことすらない用語だから」

「ニーゲライテさんは将来学者か研究者になるの?」

「なるんじゃない。ならなくちゃいけないんだ」

 

 惑星魔法の存在を知る人間は俺だけだ。俺が対抗策を完成させないとクルエスタ辺境が危ない。


 本来クフト魔法学園に通う時間すら惜しいんだ。授業のスピードに構ってはいられない。


「何かやりたいことがあるんだね。うらやましいなぁ」


 俺は本のページから視線を外してアドリアンさんに横目を向ける。


 細身の体が硬直した。


「あ、ごめん。僕何か気に障ることを言ったかな」

「いや、そう見えたなら謝る」


 俺は本に視線を戻す。


 これはやつ当たりだ。アドリアンさんは何も悪くない。


「そっか。もしよかったら志望理由について聞いていい?」

「構築したい術式がある」

「もう作る術式を思い描いてるんだね。すごいなぁ」

「すごくはない。知ってるか知らないかってだけだ。アドリアンさんが同じ立場ならきっと似た道を選んだよ」

「そうかな? 小難しい専門用語を聞いただけで頭痛くなるし、やっぱり僕には無理だよ。やっぱりニーゲライテさんはすごいね」


 さっきから褒められてばかりだ。


 居心地が悪い。ルームメイトの意識を別の方向に逸らせないものか。


「アドリアンさん。好きな食べ物は何?」

「んーお肉全般かな。焼いたのよりも煮込んだのが好きだよ」

「今日の献立にあったらあげるよ」

「いいの⁉」


 中性的な顔立ちに笑みが浮かぶ。

 

 どんだけ好きなんだ肉。でもこれならいけそうだ。


 俺は力強くうなずいてやった。


「ああ。ただし俺の問いに答えられたらだ」

「難しい問題は嫌だよ? 魔法学の専門用語とかなしだからね」

「大丈夫、誰でも答えられる程度のことだ」

「分かった。いつでもいいよ」

「じゃあいくぞ。アドリアンさんは今日何回すごいって言ったでしょうか」

「え、そっち? うーん、え~~っと……」


 アドリアンさんが両手の指を折って数え始める。


 俺はお肉のおかげで夕食まで静かに勉強できた。






 俺たちは実習のため学園の外に出た。領土すらも後にして土の地面を行進する。


 教官を先頭にしておもむいた先には青々とした森が広がっていた。


 まだ人の手で切り拓かれていない、何が潜むか分からない地帯。自然は活気にあふれているし地面もでこぼこだ。


 開拓には労働力が要る。体のでき上がった大人を集めるのが得策だけど、平民や冒険者を集めて働かせるにも費用がかかる。


 そこで労働力として学園の生徒が選ばれた。


 生徒といえど在籍者の大半はいずれ戦場に出る人材だ。経験を積ませる意味合いを込めて、生徒は毎年実習の名目で開拓に駆り出される。


 生徒は学ぶこと多き身だ。その練度は見るに堪えないし、ましてや俺たちは新入生。開拓の進みは遅々としている。


 それでも行わないよりはマシだ。俺たちは教官の指示を受けて、分けられたグループごとにテントを張った。


 何の因果か、俺はパーモルデたちとグループを組まされた。仕切りたがるパーモルデにグループリーダーを任せて、ぎこちない空気に耐えつつ植物や虫の種類を調査する。


 地域が違うから生息する生き物も別種ぞろいだ。術式の構築に使える素材があればこの実習を有意義なものにできる。


「ニーゲライテさん、何か珍しい生き物いた?」


 バッと振り向いた先にはアドリアンさんが立っている。


 俺は小さく息をついて腰を浮かせる。


「まだ何も。それより俺の後ろに立たないでくれないか」

「心配性だなぁ。いくらパーモルデさんだって何もしないよ」


 そうじゃない。確実に何かして来るだろうけど、後ろから魔法を放ってくるとまでは思っていない。


 後ろに立たれたくないのは別の理由だ。今日の実習は魔物と遭遇する可能性がある。万が一に備えて万能反射装甲の術式を展開してある。


 万が一誰かが石を投げようものなら爆発が起こる。破裂音は周囲に伝播して騒ぎが起こるだろう。事故とはいえ必要のない魔法を使ったとなれば俺の成績に響く。


 俺はアドリアンさんに念押しして引き続き実習に努める。


 日が落ちる前に拠点まで戻った。食料班が釣った魚の串焼きや野草サラダを腹に収めてテント内で夜を明かす。


 明るくなってまた活動する。


 耳元にノイズが走ったのは小腹が空いてきた頃合いだった。



――実習中の生徒に伝達。実習実施場所のテッドウッド付近に大型魔物の目撃情報あり。これより実習内容を観測任務に移行する。グループごとに観測対象を見つけ次第報告しろ。ただし対象を見つけてもこちらからは仕掛けるな。



 教官からの魔法を介した伝達だ。まだ技術が未発達で双方向通信は実現できていない。


 繰り返す。教官がその言葉を告げる間にパーモルデが指示を出す。


 たどたどしいながらも他のグループがぞろぞろと動き出した。俺たちは高所を目指して坂を上る。


 何かを探すには高所から見下ろした方が手っ取り早い。俺たちは崖の上から奥まで広がる青々しさを一望する。


 遠くの方でズゥ……ンと地響きがした。きしむ音に遅れて樹木が傾き地面を鳴らす。


 オオオオオオォォと、地獄の底から響くような唸り声が空間を伝播する。


「たぶん魔物だ。アドリアン、お前報告してこい」

「分かった」


 アドリアンさんが身をひるがえして元来た坂を下る。


 通信ができるのは教官からの一方通行。こっちが情報を伝えるには徒歩で拠点まで戻らないといけない。


 技術が未発達だとこれだから面倒くさい。


「前々からこの辺りには強い魔物がいるとうわさになってたんだ。一級魔法師の資格を持つ軍人がやられたんだとか」


 パーモルデが語り出した。


 初耳だ。学園側はそんなのが近くに潜んでいると知りながら実習を敢行したんだろうか。


 詳しい話を聞く前に背中に衝撃が走った。


 体が浮遊感に包まれる中、同級生のニヤついた面が俺を見下ろす。


「じゃあなニーゲライテ、お前が悪いんだぞ」

 

 心のどこかで油断していた。身の程を教えてやったくらいで殺しはしないだろうと高をくくっていた。


 ああ、本当に。


 これだから人間ってやつは。

 

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