第81話
俺は冒険者稼業を再開した。特待生制度を使えば学費はかからないけど食費や日用品の確保は自腹だ。
他の生徒は両親に学費を出してもらうんだろうけど、個人的に長男や父に頼りたくない。入学するまでに資金を調達しておかないと。
俺は報酬が高めの依頼を受けた。例のごとく同業者から子供と小ばかにされたものの、二つほど依頼を達成した辺りから何も言われなくなった。
依頼の中には強力な個体と有名な魔物がいた。
腕の立つお尋ね者とも交戦した。
それら全て、今の俺には大して強いと思えなかった。あっさりすぎて高めの報酬を受け取ることに罪悪感すら覚えた。
それでも所持金は増える。俺は仕立て屋に質のいい衣服の仕立てを依頼した。
日本の学校と違って魔法学園に制服はない。普段着でも問題はないものの、周りは俺をニーゲライテの三男と見る。身なりをきちんとしておかないと家族に迷惑をかける。
ついにクルエスタ領を出る日がやってきた。俺は荷物をまとめて宿屋を後にする。
今回は商人をつかまえられなかった。
みんな未開地開拓に儲けの可能性を見出して大いそがしだ。誰に頼んでも人を乗せるスペースはないと一蹴されてしまった。
よって移動は徒歩。土の地面に靴跡を刻むなんて冒険者稼業で慣れたものだ。
そう思っていたら王都から迎えの馬車が来た。肩透かしを食った気分で馬車に乗り込んでクルエスタの関所を後にした。
人工物のない景観を目じりに流す。
時々騎士の男性が話題を振ってきた。行方知れずの間はどこで何をしていたかという問いかけから始まり、王と主従関係を結ぶことがいかにメリットをもたらすかを親切な感じで語られた。俺は適当に微笑で応じて、子供ゆえの無知を武器にして乗り切った。
日が落ちて止まった馬車で眠り、外が明るくなるとまた馬車に揺られる。
何日にも渡る平和な旅を終えて王都の関所を通過した。
それからしばらくして窓の向こう側に大きな建物が映った。王立クフト魔法学園の校舎と寮だ。在籍人数が違うから仕方ないとは思うけど、ジマルベスで通っていた学園と比べるといささか建物が小さく映る。
体にかかる慣性が停止した。御者が降りて外から馬車のドアを開ける。
俺は御者に礼を告げて石だたみの地面を踏みしめた。寮の建物に入って寮長から案内を受ける。
部屋は二人で一部屋。持参した荷物を整理していると廊下に面したドアが開いた。
入室したのはえらく線の細い少年。視線が交差して二つの目が見開かれる。
「あれ、君は?」
「相部屋になったカムル・ニーゲライテだ」
「ああ、君がそうなんだ。先に名乗らせてごめんね。僕はシリル・アドリアン。これからよろしく」
猫背のアドリアンさんが自身のチェアに腰かける。
思いのほかドライな人だ。あどけない顔立ちをしているからてっきり人なつっこいタイプだと思った。
まあ別にいいけど。 この世界にはスマホがない。友人ができたところですぐ他人に戻る。同学年と関わり合うだけ無駄だろう。
それに俺にとっての魔法学園は前座だ。俺が学ぶべき内容なんてここにはないし、魔族が侵攻する前に惑星魔法の対抗手段を構築する必要がある。さっさと飛び級して大学の方に進学する腹積もりだ。
俺は荷物整理に戻る。
学園生活に不安がないと言えば嘘になる。貴族の子息子女が多数を占めるであろう環境に、貴族社会から逃げ出した俺が馴染めるものなのか。
でも同時に期待がある。貴族として生きるのも悪くない、そう思わせてくれる子息子女に会えるんじゃないかとひそかに望みを持っている。
この世界の知的生命体は人間と魔族だけだ。どちらかでも好くことができれば胸のつっかえはだいぶマシになる。
そうなってほしいと、切に願う。
◇
他の入寮者との顔合わせを経た翌日。俺は入学式を終えて学園生活に臨んだ。
校舎内での生活は予想通りのものだった。
学ぶことはすでに知っていることばかり。座学も魔法の基礎ばかりで退屈だ。
その一方で実習はそこそこ興味深い。クフト魔法学園は元の世界で言う士官学校を兼ねているようだ。軍隊じみた規律は新鮮で味があった。
学校生活を形作るのは少年少女。九割強は貴族の子供で、残りは魔法の適性が認められた平民の子供だ。
言わずもがな貴族の子息子女が圧倒的に優位。平民出が貴族と同じ振る舞いをすることは許されない。
予定調和のごとくあちこちで派閥ができた。
単純な好き嫌いから始まり、親同士の仲が悪いから仲良くできないなど内情は人それぞれだ。子供は大人の幼体という言葉を地で行くさまは清々しくすらある。
俺のルームメイトも例のごとく派閥に属している。初日からグループに荷物を押しつけられていた。
俺は助けようか迷って止めた。
どうせ俺は一年以内に学園を去る。中途半端に助けたら俺がいなくなったら後が大変だ。初めから干渉しない方がいいと考え直した。
俺は暇な時間を得て中庭のベンチに腰かけた。風に当たりながら独り術式の考案にふける。
思考するは、大学に進んでから構築する術式の案。当初は惑星魔法の術式を提供するつもりだったものの、あれは重力魔法がないと実現できない。
言わずもがな、人間社会で重力魔法を行使するのはご法度だ。教会は闇属性の魔法を悪しきものと定義している。下手に使うと異端審問にかけられて処刑される。
だから俺は考え方を変えた。
何も惑星魔法じゃなくたっていいんだ。それに匹敵する派手な大規模破壊魔法、もしくは惑星魔法の発動を阻害できる術式があれば一方的な虐殺を防げる。抑止力として戦争を回避できるはずだ。
後者を取る場合は、何故そんな術式を考案したのかという理由付けが要る。
まさか惑星魔法を魔族側に提供したからとは言えないし、どうしたものか。
「おいニーゲライテ」
乱暴な呼びかけを受けて顔を上げると伯爵の子息が立っていた。
その後ろには三人の取り巻き。例にもれずルームメイトの姿もある。目が合った拍子にアドリアンさんが目を逸らした。
俺は表情に微笑を貼りつける。
「どうしたのパーモルデさん」
「お前今回も試験総合一位だったな。どんなズルをしたんだ?」
「は?」
意図せずすっとんきょうな声が口を突いた。
「はじゃないだろ。ボクですら全教科満点なんて無理なのに、男爵家の子息ごときが何度も満点を取れるはずがない」
俺は思わずため息を吐きかけた。
血統主義なんて時代錯誤もはなはだしい。それでも彼らにとっては時代遅れの価値観が真理だ。
伯爵子息は男爵子息よりも優れている。そう信じ込んでいる奴に真理を説いても無駄だろう。
「一応聞くけど、パーモルデさんは何か爵位を持ってるのか?」
「知らないのか? 将来伯爵を継ぐ。ボクは君よりも偉くなるんだ」
「未来の話はどうでもいいよ。俺は今の話がしたい」
「今の話をして何になる」
「大事なのは今だろ。爵位は?」
「……今はない」
一気に声量が落ちた。
かわいいな。そう思いつつ言葉を続ける。
「俺は騎士爵だ。この意味分かるよな?」
「だからなんだ、騎士爵なんて男爵よりも下じゃないか。伯爵とは比べ物にならない」
「話がかみ合わないな。偉いのは君の父、正確には伯爵の位を授かったくらい国に貢献した君の先祖だ。爵位を継ぐだけなら養子で事足りる。俺は国に貢献して騎士爵を得た。無爵の君とは立っている場所が違うんだよ」
俺はベンチから腰を浮かせてパーモルデさんに背を向ける。
「待てニーゲライテ! おい!」
後方からの呼びかけを無視して足を進める。
ついきつい口調になってしまった。この手の貴族的なやり取りを前にするとどうも気分が悪くなる。いつの間にか立派な貴族嫌いになってしまった。
「おいって言ってんだろ!」
バヂッとした音に遅れて悲鳴が上がった。
俺は足を止めて後ろを振り向く。
「何をしたッ、ニーゲライテ!」
「わめくな。ただの静電気で、みっともない」
もちろん嘘だ。こういったトラブルに備えて、万能反応装甲の亜種となる術式を構築しておいた。
でもパーモルデさんにそんなことは分からない。静電気で声を荒げたことを恥じたらしく、同級生の顔が見る見るうちに赤く染まる。
貴族は面子を大事にする。静電気で怒鳴り散らしたなんて恥以外の何物でもない。人が集まるような荒事はしないだろう。
「覚えておけよニーゲライテ」
パーモルドたちがテンプレじみた言葉を残して背を向ける。
ルームメイトがちらっと視線を送って、やはり彼らの背中を追った。




