第80話
魔物の殲滅が完了した。
段階は未開拓地域の開拓に移った。外からぞろぞろと非戦闘員がやってきて樹木の伐採に励む。
冒険者や傭兵の一部はこの場に残るらしい。開拓に手を貸せば世襲可能な耕作権を得られるようだ。
俺に移住の予定はない。馬車に乗り込んで他の人員と開拓地域を後にした。
運搬車の中は戦帰りにもかかわらず騒がしい。魔物の討伐数を競う者、報酬の使い道について話す者。子供っぽいにぎわいが空間をがやがやさせている。
俺は隅っこでひざを抱えた。腕に顔をうずめて寝たふりをしながら辺境伯と交わした会話を想起する。
俺が誰かの養子になる。そんなこと今まで考えたこともなかった。
血筋や家系が重要とされる貴族社会において、養子縁組は家系の維持や権力強化にもってこいの手段だ。後継ぎの男子に恵まれなかった貴族が下級貴族から婿養子をもらうのは珍しくない。
でもクルエスタ辺境伯には子女がいない。俺が爵位をついだとしても彼の血は途絶える。
辺境伯の事情を抜きにしても、俺には爵位に対する執着がない。ニーゲライテ家長男とのいさかいを回避すべく家を出たくらいだ。
何より辺境伯というのがネックだ。
得られる権力で言えば申し分ない。辺境というワードで誤解されがちだけど、辺境伯と言えば時代によっては公爵よりも強い権力を持っていた。領土支配権、強い軍事指揮権、自治権や独立性に近隣諸国との外交権。できることも爆発的に増える。
辺境伯がそれほどまでに強い力を持っているのは、国境地帯の防衛という重要な軍事的役割を担っているからだ。
仮に魔王国から宣戦布告を受けたらクルエスタ辺境領は最前線になる。俺が完成させてしまった惑星魔法も飛んでくるだろう。どれほどの危険度を誇るかなんて論ずるまでもない。
辺境伯からの申し出を受けるメリットは皆無。俺は早々に結論を出して目を閉じる。彼と会うことは二度とないと思うけど、もし顔を合わせることがあったら正式に断りを入れよう。
長い時間を経て街に到着した。俺は宿の部屋を取ってその日は安静に努めた。
その日以降も惰眠をむさぼって無気力な日々を送った。
辺境伯から受け取った報酬でふところ事情はうるおっている。誰に気兼ねすることなく寝そべったのは久しぶりかもしれない。
三日も経て飽きた。
でも依頼を受けに行くのは面倒だから部屋にこもった。時間を浪費している自覚はあっても焦りはわかない。むしろ部屋にこもることこそ正解なのだと理屈のない確信を覚えた。
俺、何でニーゲライテ領に戻ろうとしてたんだっけ。
レイシア先生に言われたから何となく従ってたけど、こうして部屋に閉じこもってた方が誰にも迷惑かけないんじゃないか?
そんなことを考え始めた頃に宿の主人が手紙を持ってきた。
中身は俺あての推薦状。俺に王立クフト魔法学園への入学を勧める文面がつづられていた。形は推薦。されど国王の名前が使われたことを踏まえれば命令に等しい。
大方クルエスタ辺境伯辺りが俺のことを報告したのだろう。行方不明だった俺を見つけてこれ幸いと囲い込む気に違いない。
「行かなきゃだな」
思わずため息が口をついた。
自死を選べなかった以上はこの国で生きるしかない。国王の命令は順守すべきだ。
特待生として招かれれば学費は免除される。魔法の研究員として働いていた俺が今さら何を学ぶんだって話だけど、卒業することで資格か何かもらえるかもしれない。少なくとも魔法大学に入学する足がかりになるはずだ。
「大学、か」
研究設備も兼ね備えた教育機関。よくよく考えると俺には研究者になる責務がある。
人間側には惑星魔法の術式が広まっていない。魔王国との戦争が始まったら一方的にアレを撃たれる。
惑星魔法は辺境伯との口裏合わせで神の一撃ということになっている。下手をしたら神が魔族の味方をしたと誤解されて兵士の士気が暴落する。そのまま戦わずして降伏なんてことになったら最悪だ。
魔王国が勝ったら人間がどんな扱いを受けるか分からない。スラムへの爆撃を決行した連中だ。俺は彼らを信用できない。
人間側の魔法技術を魔王国と同レベルまで引き上げる。ひとまずはこれを目的に生きよう。
この体は若い。時間だけならたっぷりあるんだから。
ラストまでの展開は一通り決めました。後はがんばって駆け抜けるだけです。
書き切るのが何よりも難しいとは思いますが。




