第79話
喉のヒリヒリをこらえて拠点まで戻ると辺境伯たちが駆け寄ってきた。
惑星魔法の破壊は避難先からでも見えたらしい。俺は対象ポイントの破壊に成功したことを伝えてテントに戻った。
体が求めるままに睡眠をむさぼって起きると、戦況は嘘のように一変していた。難所だったあの坂を突破したにとどまらず、魔物を殲滅する一歩手前まで到達していた。
俺は同僚の冒険者に話を聞いた。
惑星魔法は神が下した裁きということになっていた。いつまで経っても魔物を討伐できない状況に耐え兼ねて神が力を貸してくれたのだとか。信仰対象が助力してくれたと聞いて作戦参加者は大盛り上がりだったそうだ。
俺はその話が嘘だと知っている。辺境伯は約束通り誤魔化してくれたらしい。
俺はだるさの残った体を引きずって炊き出しをもらいに行った。
先日吐き尽くしたこともあってハラペコだ。まだ違和感は残っているけど食べないと始まらない。
俺は調味料がきいた穀物をもらって口に運ぶ。
「カムル殿」
しょっぱさを噛みしめているとクルエスタ辺境伯のそば仕えに呼びかけられた。辺境伯が俺と話をしたいらしい。
嫌な予感がする。
大人はこういう時決まって俺を取り込もうとする。人間魔族問わずそうだった。惑星魔法を見て欲しくなったに違いない。
どうしよう。一度捕まったら抜け出すのは一苦労するだろうし、このまま逃げてしまおうか。
でも相手は辺境伯だ。機嫌を損ねて目をつけられると後々困る。家族にも迷惑がかかるかもしれない。
俺はあきらめて辺境伯のテントに足を運んだ。
「よく来てくれたカムル君」
クルエスタ辺境伯の表情が明るい。長年手こずっていたポイントをようやく打破できたんだから当然か。
俺が申し出を断って怒らないといいけど。
「ごきげんようクルエスタ辺境伯。本日はどのようなご用向きでしょうか」
「そうかしこまらなくていい。さあそのチェアにかけてくれ」
俺は言われるがままチェアに腰かける。
他愛もない話が始まるかと思いきや続いたのは沈黙だった。しわのある顔から微笑が消え失せて口元が引き結ばれる。
何だこの反応は。一体俺に何を言うつもりなんだ。
左胸の奧から伝わるバクバクをこらえる中、クルエスタ辺境伯が口を開く。
「体調はもういいのか?」
「はい。いつも通りとはいきませんが、体の調子はだいぶ戻りました。ご心配をおかけして申し訳ございません」
「君はあの魔法にトラウマでもあるのか?」
俺は口元を引き結ぶ。
先日は嘔吐で疲弊したしさすがにばれるか。
「事情は聞かない。だが君を見ていると息子を思い出してな、どうしても気になった」
「息子さんがいらっしゃるんですね。もしかしてこの作戦でもご活躍されていたんでしょうか」
だとしたら一応ごあいさつを。
そう続ける前にクルエスタ辺境伯がかぶりを振った。
「いや、長男は一年前に殉職した」
「それはその、お悔やみ申し上げます」
「ありがとう。息子はロンバと言うのだが、君ほどではないにしろ魔法の才格にあふれていた。ただ優しすぎてな、他国の兵士どころか魔族を攻撃するにも心を痛めていた。でも魔法に秀でているから味方には期待されて、その板挟みにあって苦しんでいたよ」
想像にかたくないところではある。
俺も多くの人から期待された。クルエスタ辺境伯から惑星魔法の使用をせがまれて、トラウマをおして惑星魔法を放った。他者からの期待は時に自分を苦しめる。
「事情を知らなかったとはいえ悪いことをしたな。すまなかった」
俺は目を見張る。
惑星魔法による戦果を賞賛されるとは思っていたけど、まさか謝られるとは思わなかった。
「謝るようなことではございません。辺境伯はクルエスタ領を守るためにできることをなさったんです。私は領土を持たない身ではありますが、領主の在り方を示された気がします」
「私はまだまだだよ。犠牲を恐れて作戦を先延ばしにしたせいで多くのコストを費やした。君の手を借りなければ遠からず財政難に陥っていただろう。かつてはクルエスタの獣と恐れられたものだが、息子を失ってから及び腰になっていたのかもしれんな」
クルエスタ辺境伯が苦々しく笑む。どこか弱々しいありさまからは、大軍を率いる領主の威厳が感じられない。
おそらくは子を失った父としての顔。辺境伯が身近なところまで下りてきたように感じられる。
「話が逸れたな。君を呼んだのは他でもない、状況の報告をしておこうと思ったのだ。君が降らせた光は我々の味方をした神の攻撃ということにしてある。少々雑な気もしたが、作戦の参加者には思いのほか受け入れられているようだ」
「信仰対象が助けてくれたとなれば士気も上がりそうですね」
「ああ。私の兵士も神の期待に応えねばと奮起しているよ。攻める勢いはとどまるところを知らん。この調子ならあと数日でケリがつくだろう」
特に驚きはない。
元々魔物は辺境伯軍に包囲されていた。地形の利を失えば物量で押し潰されるだけだ。
何より惑星魔法による一撃が魔物の戦力を多大に削いだ。絨毯爆撃からの白兵戦は制圧の王道だ。戦況はもう詰めの段階に入っている。
「この戦場はもうすぐ平定されるが、君はこれからどうする」
「平定まで戦いますよ。元々ここにはお金を稼ぎに来ましたから」
「勝利目前と言えど魔法は飛んでくる。あまり無理はしない方がいいと思うが」
今度は俺が苦笑する番だった。
人間に体調を心配されたのはいつぶりだろう。少しくすぐったい。
「何故笑う」
「すみません。まるで親みたいなことをおっしゃられたのでつい」
「親、か」
クルエスタ辺境伯がひざもとに視線を落とす。
沈黙が訪れた。
どうしたんだろう、俺は何か地雷を踏んだのか?
とりあえず謝っておくか。
「カムル君。私の養子にならないか?」
俺は思わず目をしばたたかせる。
「私が、クルエスタ辺境伯の養子に?」
「ああ。息子と伴侶に先立たれて私には後継ぎがいない。しばらくしたら養子を取ろうと思っていたのだが、中々気が進まなくてな。君のように賢しい者なら安心して領民を任せられそうだ」
今その話を持ち出した理由はなんだ。都合のいいことを言って俺を取り込もうという算段か。
そう思いつつも跳ねのけられない自分がいる。辺境伯の長男の話を聞いたからだろうか。
「私とロンバさんがかぶって映るのは光栄の至りでございますが、私はあまり賢くありませんよ」
「君を通して息子を見ていることは否定しない。だがいずれは養子を取るのだ。新たに息子を迎えるなら君がいいという話だよ。今答えを出さなくてもいい。少し考えてみてくれ」
俺は辺境伯からの提案を断り切れず、前向きに検討する旨を告げてテントを後にした。




