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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 藍色黄色


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第76話


 俺は遊軍のメイジ班に割り振られた。


 構成員の大半は冒険者で占められている。


 冒険者の装備は自前で整えるのが決まり。辺境伯軍と比べると年齢もばらばらだ。


 俺はとりわけ若い方に入る。そんなだから年上にもみくちゃにされた。


 小さいなぁ。


 本当に戦えるのか?


 他にもからかいの言葉が飛び交って笑いが起きた。


 同じ冒険者。命を懸けて活動していることはみなの知るところだ。


 身をもって知っているからこそ帰れとは言えない。からかいの言葉は彼らなりの心配の形なのだろう。


 善意寄りでもうっとうしいものはうっとうしい。俺はカムル・ニーゲライテを名乗ってエンシェントドラゴンを追い返したと告げた。


 スマートフォンのような機器がない世界。それでも偉業は人から人へと伝わる。


 追い返しただけのことを偉業と自慢するつもりはない。


 でもエンシェントドラゴンと言えば超古代生物だ。書き記した書物は多くある。


 伝説的存在を追い返したとなれば多少は尾ひれがつく。光の荊(ホーリーソーン)を使って見せたらあっさりと手の平を返された。

 

 号令を機に集団での移動が始まった。質素な景観をしり目に流しながら歩を進める。


「怖いか?」


 気のいいおじさんが笑顔で語りかけてきた。


「怖いですね。でもこの感覚は大事にしています。これを忘れるのが殉職への第一歩ですから」

「ずいぶん大人びたこと言うなぁ。一体どんな旅をしてきたらそんなに早熟するんだ」

「色々あったんですよ。本当に、色々と」


 さすがに魔族領へ渡ったことは言えない。意味深な感じで言えば深入りは自重してくれるだろう。


 狙い通り話題がそれる。


「おいらはワタキ。カムルって呼んでいいか?」

「構いませんよ」

「見ない顔だがここは初めてか?」

「はい。今日が初日です」

「じゃ色々教えてやるよ。旅ではつらいこともあったろうが、ここなら比較的安全に稼げる。街に戻ったらいいもん食って元気出せ。な?」

「はぁ」


 俺ってそんなに元気がなさそうに見えるのか。


 ワタキさんが得意げにあれこれ語り出す。


 自慢げだけど悪意は感じられない。気のいいおじさんといった感じの人だ。楽して稼ごうってスタンスが少し引っかかるけど、現状を考えたらそれも仕方ないのか。


 班長に私語禁止を言い渡される。


 遠くから微かに破裂音が聞こえてきた。各々武器を構えて口元を引きしめる。


 空気が凝固したように重い。


 比較的安全と言っても戦場。へらへらしながら戦う者はいないらしい。


 指揮官が前方にいる男性に声をかける。


 程なくして男性が号令をかけた。交戦していた人々が引き上げて、代わりに俺たちが戦線を引き継ぐ。


 聞いていた通り高所は魔物に取られている。俺たちは物陰となる岩に隠れつつ魔法で牽制する。


 高所低所なんて今まで気にしたこともなかった。


 実際に戦って、高所を取られるのがどういうことか分かってきた。


 まず相手の姿が視認しずらい。


 いちいち見上げなきゃいけないから疲れるものの、中途半端に見上げると頭上から降る攻撃に気づけない。常に余計な体力の消費をしいられる。


 攻撃面でもやはり不利を背負う。


 狙いをつけにくいのはもちろんのこと、魔法を炸裂させた際には瓦礫が降ってくる。視界が悪くなる上に当たれば怪我をするから慎重にならざるを得ない。


 何より魔物の知能が高い。


 有利な状況にあると自覚しているのか、あえて戦線を下げても簡単には前に出てこない。高所は譲らんとする確固とした意思がうかがえる。そりゃ戦況が硬直するはずだ。


 空にオレンジ色が混じって撤退命令が出た。俺は仲間と元来た道を戻って拠点に入る。


 炊き出しを受け取って食べる場所を探す。


「坊主―こっち来て食わねえか?」


 他にあてもない。俺はワタキさんのグループにお邪魔した。


 たき火を囲むように座る。


 ご飯のしょっぱさが疲れた体にしみる。穀物に調味料を混ぜただけなのにやたらと美味しく感じるから不思議だ。


「見てたぞ坊主。その年であれだけ魔法が使えるなんてすごいじゃねえか」

「どうも」

「どうもじゃねえよ褒めてんだから嬉しそうにしろよー」


 頭の上に重みが乗っかった。わしゃわしゃとされて視界がぶれる。


「何だワタキ、また若いやついじめてんのか?」

「またってなんだよ! おいらは浮足立ってる若者に発破をかけてるだけだ」

「本当かー?」

「本当だっての!」


 周りで笑い声が起こる。ワタキさんの普段の立ち位置が分かる光景だ。


 もぐもぐしながらふと思ったことを口にする。


「魔物ってずっとこもってるんですよね? 何を食べて生きてるんですか?」

「さあな。辺境伯軍が補給路を断ってるって聞くが、確かに数年の間ずっと戦ってんだもんなぁ。何で餓死しねえんだろ」

「攻めあぐねてる先に行くと何かあるんじゃねえか?」

「何かって?」

「そりゃ何かだよ。果樹園とか家畜とか」

「魔物がか? 冗談きついぜワタキじゃあるまいし」

「何でそこでおいらが出てくんだよ!」


 談笑を耳にしながら思考をめぐらせる。


 山狩りや城攻めでよく挙げられるのは兵糧ひょうろう攻めだ。取り囲んで補給路を断ち相手を餓死させる。歴史に残った争いがその有用性を示している。


 生きるのにエネルギーがいるのは魔物も同じだ。


 辺境伯軍によって退路を断たれている今、よそから物資の補給なんてできない。


 数年間も閉じこもって、魔物は何を食べて生きているんだろう。


 視界の隅で動くものがちらつく。


 振り向くと担架で運ばれていく男性が見えた。


「怪我人でしょうか」

「例のやつだろ」

「例のやつってなんですか?」

「ああ、そういや坊主は知らないんだっけか。よく体調不良で離脱するやつが出るんだよ」

「何年も似たような場所で押し引きしてんだ、心の一つや二つ参っちまうんだろうよ」

「俺らとしちゃ食いっぱぐれなくて助かるけどな」


 ワタキさんがお椀の中のご飯をかき込む。


 冒険者にとっては、現状を維持した方が継続的に稼げて好都合だ。


 頭では分かっていても心が追いつかない。自分の時間を否定されているみたいで精神が疲弊する人もいるのだろう。


 その気持ちは、よく分かる。


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