第69話
何で俺たちを殺したんだ。
もっと生きていたかったのに。
誰も彼も、みんなが俺を責め立てる。
言い返す言葉もない。暗闇の中で、俺は――。
「うわあああああっ!」
自分の叫びで目が覚めた。息を荒くして周りを見渡す。
ベッドの上。他に人影はない。
深く空気を吸い込んで、吐き出す。
嫌な汗でべっとりしている。衣服を脱いでタオルを手に取る。
俺はあれから研究施設に顔を出していない。
クランシャルデは何も言ってこない。時間が解決すると考えているんだろう。
悔しいけどその通りだ。俺には他に頼れる人がいない。
いずれは生きるために研究者として復帰しなければならない。手の平の上で転がされているのを実感して吐き気がする。
いっそ屋敷を出るか。
でもリティアは頼れない。
俺が彼女の両親を殺したようなものだ。一体どんな顔をして会えばいい。
ジマルベスにいた頃のクラスメイトはどうだろう。
駄目だ。俺が人間であることを伏せてくれているけど、家にお邪魔するとなれば家族にばれるリスクが跳ね上がる。
それにグラネの壊滅を喜んでいる口かもしれない。笑顔でよかったーなんて言われたら正気を保てる自信がない。
国を出るしかない。
国を出てどうする。また人類領に戻るのか? 何の罪もない魔族を虐殺した彼らの元に?
考えて変な笑いが出た。
なんだ、俺も同類じゃないか。
人類も魔族も虐殺せずにはいられない。だったらどちらを選んでも変わらない。
とにかくここにいたくない。
意を決してベッドの上から腰を浮かせた。荷物をまとめてお屋敷の外に出る。
執事の魔族と目が合った。
「行くのですか?」
思わず息を呑む。
クランシャルデに伝わるだろうか。魔王国を出るとなれば俺は用済み。俺が人間だと流布されるかもしれない。
ここで口封じをするしか。
……また殺すのか?
いそがしい中で近接格闘を教えてくれた恩人を、俺が?
「ご安心ください。告げ口などいたしませんから」
「いいんですか?」
「ええ。あなたはサリフィ様の大事なお客様でございますゆえ」
内心ほっと胸をなで下ろす。
少なくとも大事なお客様ではないけど、向こうが勘違いしてくれるならわざわざ正す必要もない。
安全に魔族領を出られるなら、それに越したことはないんだから。
「それじゃ俺はこれで」
「サリフィ様のご両親は慈善活動家としても知られておりました」
「え?」
思わず踏み出しかけた足を止めた。
すぐに後悔した。聞こえなかった振りをして出て行けばよかったのに。
しぶい初老の男性が無表情のまま言葉を紡ぐ。
「お二方はグラネにも直接おもむいて温かいご飯を振舞ったものです。グラネに住まう魔族はたいそう感謝したものですが、ある日乱暴な魔族がもっと寄越せとお二人に詰め寄りました。サリフィ様のご両親はみんな均等に分けるとおっしゃられましたが、その魔族は納得しませんでした。それどころか号令をかけて、周りの魔族にお二人を襲わせたのです」
「その二人は、もしかして」
「はい。初めからそのつもりだったのかどうかは存じかねますが、サリフィ様のご両親はその騒動でお亡くなりになられました」
「どうして俺にそんな話を?」
「カムル様には、サリフィ様を誤解してほしくなかったのです。憎しみに駆られながらも一度は赦し、過激派の旗揚げに利用されまいとジマルベスに留学する道を選ばれました。決して過激なだけのお方ではないのですよ」
クランシャルデとのやり取りを想起する。
大規模破壊魔法の研究をすべくジマルベスに渡ったわけじゃない。そう言いたいのなら、きっかけがなければ過激な方向に行かなかったと言いたいのか。
きっかけ、きっかけか。
クーデターの勃発で優しい王様の政策が否定されたこと。
俺と学園で知り合ったこと。
たまたまスカウトした生徒が惑星魔法を考案したこと。
エンシェントドラゴンとの戦闘で多大な成果を出してしまったこと。
勇者によってジマルベスでの居場所を失い、戻った先で何も変わらないグラネの現状を目の当たりにしてしまったこと。
該当する要素なんて嫌と言うほど思いつく。この結末にはなるべくしてなったということだろう。
どうでもいい。
重要なのは、俺がリティアの両親を殺したということだけだ。
「今までお世話になりました」
俺は一礼してクランシャルデのお屋敷を後にした。




