第66話
惑星魔法の術式が完成した。
魔力球の隠ぺいは別の術式で行うことにした。偽物の雲を構成すると同時に隠ぺいの術式が消失。残った術式がつながって魔素吸収が始まる仕組みだ。
発表した術式は大いに高評価を受けた。エンシェントドラゴンをほうむった実績もあって軍上層部からの受けがいいようだ。
分かりやすく派手で力を示せる魔法。そんなコンセプトが魔族の趣向に刺さった。さすがクランシャルデさんの分析は正確だ。
研究所の仲間には盛大に祝われた。仮面がとれないかヒヤヒヤしたものの、俺も一因として騒ぎ明かした。
研究所の予算が増やされた。
同時期に魔王からの依頼があった。惑星魔法の効果範囲を拡大してほしいようだ。
一体何を相手するつもりなのやら。
エンシェントドラゴン並みの化け物はそうそう現れない。人間と戦争でもするつもりなんだろうか。
研究開発にたずさわる現状が後ろめたくはある。
でも魔王の命令は絶対だ。逆らえば俺は今の地位を失う。
生きるためには研究者として活動するしかない。
晴れて人類の敵になるのは心苦しいけど、先に大規模殲滅したのは人間だ。あれがなければ俺は魔王国の領土を踏まなかったし、これは因果応報というやつだ。
俺は自分を納得させて術式の改良に取り組んだ。
最初に惑星箇所と衛星箇所をさらに引き離すことを考えた。
それは実現できなかった。
とどめておける魔力量には限界があった。
空気中の魔素は魔法的重力により球状にとどめられている。その重力を強めれば大きな衛星を作れるけど、魔法出力を高めると内側に掛かる負荷が増す。
つまるところ強い重力に衛星が耐えられない。内側に組み込まれた術式も崩壊して魔素が霧散する。
魔法の出力を上げる方法は使えない。次に発射口を増やすことを試みた。
魔王が所望するのは範囲攻撃が可能な術式。魔法の出力を上げる必要はない。
ようは広範囲を攻撃できればいいんだ。最初に発現する魔力球に、一定量魔素がたまったら新たな惑星を作る術式を組み込んだ。
すなわち分裂。
されど分けた魔力球に複雑な術式を残すのは難しい。今の技術では術式をコピペできない。
そこで俺は発射口ではなく弾を増やすことを提案した。
いくら魔法を使っても魔素の総量は減らない。使用された魔力は結合が解かれて魔素に戻る。
発射後も衛星の動きを止めなければ新たに魔力球が形成される。砲撃で散らばった魔素を回収して次の射撃に備える仕組みだ。
ずっと同じ場所に惑星があったら相手も対策する。狙い撃ちされないように、惑星も円を描くように調整した。発射角度は遠隔操作で変えられる。狙った箇所に爆風を当てるのは簡単だ。
偽りの雲による目くらましと円運動で相手の攻撃をかわし、同じ惑星と衛星を使い回して連続砲撃する。そのコンセプトでゴーサインが出た。
原型はある。プロトタイプはすぐに完成した。
海を相手に試し撃ちを行い、課題を見つけては修正する。
改良型の納品までは半年かからなかった。
近い内に惑星魔法の試射が行われるらしい。正確な期日が決まったらクランシャルデさんが教えてくれるそうだ。
お屋敷で過ごす内にリティアから手紙が来た。
両親の再出発の目途が立ったらしい。投資の約束を取りつけて本格的に動き出すそうだ。一緒に祝ってほしいらしく、またグラネに行かないかという誘いの文言が紡がれていた。
俺はリティアに了承の手紙を送った。
迎えた当日。俺は玄関の扉を開けて外気に身をさらす。
いい天気だ。仰いだ限り雲がほとんど見られない。
敷地外へ続く門の前にクランシャルデさんが立っていた。
「クランシャルデさんおはようございます」
「おはよう。今日は早いわね」
「リティアと会う約束をしていますから」
形のいいまゆが微かにひそめられた。
「グラネに行くんだったかしら」
「はい。リティアの両親を祝いに行こうかと」
「グラネに行くのは止めた方がいいわ」
ピシャリと告げられて言葉に詰まる。
グラネが治安の悪い場所なのは知っている。以前も警告を受けた。
でもシャッターを閉めるような勢いで告げられたのは今日が初めてだ。
「どうしてですか?」
「それはね……最近物騒だからよ」
「物騒?」
「最近グラネで事件があったの。魔族殺しの犯人が捕まっていないのよ」
「そうでしたか」
新聞には目を通していたのに見逃したか。
一応万能反応装甲を解除しないように心がけておこう。
「それじゃ気をつけて行ってきますよ」
「まだ行くつもりなの? 犯人と遭遇するリスクだけじゃない。あなたの偽名は惑星魔法の開発で広まっている。グラネなんかに行ったらお金を持っていると思われて襲われるわよ」
「そのリスクは承知の上です。それに犯人がうろついているなら、なおさら行かなきゃだめでしょう。グラネには新聞が配られていない。俺たちが事件のことを伝えないと」
もっともあのアランさんたちがみすみすやられるとは思えない。
グラネに住まう魔族は基本的に弱い魔物だ。水竜に勝てる個体がいるかどうかも怪しい。
とはいえ用心に越したことはない。
実力関係なしにジャイアントキリングを果たせる手法なんてごまんとあるんだ。伝えるだけでも伝えておかないと。
「そう、どうしても行くつもりなのね」
「はい」
クランシャルデさんの瞳を見すえる。
彼女が小さく息をついた。
「そこまで覚悟しているならいいわ。一つお使いを頼んでいい?」
「お使いですか?」
「ええ。ガハ区に売ってるお菓子を買ってきてほしいの」
「あの、俺今からグラネに行くんですけど」
「別に買ってすぐ戻ってきてなんか言わないわ。グラネで用件をすませてからお屋敷に持ってきてくれればいいの。それに祝いごとなんでしょう? おいしいお菓子を持って訪問するのが筋ってものじゃないかしら」
確かに。
俺はお土産の名前をメモしてお屋敷の敷地を後にした。




