第65話
企画書が通って術式の開発に臨む。
クランシャルデさんに提案したのは惑星魔法だ。
エンシェントドラゴンにとどめを刺した大魔法。地形を変えるほどの一発なら魔族も満足するに違いない。
術式はすでにプロトタイプがある。課題もエンシェントドラゴンとの一戦で洗い出せた。
魔素を集めている最中の隠れみのとして雲を偽装する。
雲といっても水蒸気を冷却なんてしていられない。
本物を作る必要はないんだ。惑星魔法発動まで魔力のかたまりを隠せるなら何でもいい。
強風で巻き上げた砂ぼこり。
幻覚魔法の術式搭載。
収束させるエネルギーに色をつけて空模様に擬態させることも考えた。
問題点が見えているのに解決方法が分からない。試作品を仕上げるたびに課題が見える無限ループ。完成にこぎつけないもどかしい日々を送っている。
気分転換に研究施設を後にした。散歩がてらに道路の隅を歩く。
俺の内心とは裏腹にいい天気だ。術式開発のことを忘れて外を走り回れたらどれだけ気分が楽になるだろう。
俺はリッチ。全力で走らない。心の中で念じながら散歩に興じる。
頭の中に研究内容がふつふつと浮かび上がる。いつの間にか俺の頭は術式開発専用デバイスになったらしい。
変な笑いをこらえながら歩いていると、視界の隅で揺れる水色が映った。振り向いて目をしばたたかせる。
「リティア?」
どうしてここに。
思って靴先の向きを変えた。公園の地面に靴裏をつけてベンチに歩み寄る。
メリハリのある体は涼し気な白いワンピースに飾られている。
まだ軍人のはずだけど筋肉の角ばりとは無縁だ。あどけなさの残る顔立ちとは裏腹に体のラインは波打っている。クランシャルデさんとは違った色気が視線を惹きつけて止まない。
紫の瞳と目が合った。
小さな顔に微笑みが浮かぶ。
「おはようカムル」
「おはよう。どうしてリティアがここにいるんだ?」
「ここに来ればカムルに会えると思って」
俺が魔王国の地を踏んでからというもの、リティアとはたびたびこの公園で会っている。
リティアは数少ない魔族の友人だ。孤立しないためにもこの縁を大事にしている。
休日も研究施設に足を運ぶこともあって、ラボメンバーがいそがしい時は公園で一緒にお昼ご飯を食べたりもする。
リティアは最近はおしゃれに目覚めたのか、花の髪飾りやひらひらした衣服を身に着けることが増えた。俺と交流してくれるのはうれしいけど、時々勘違いしそうになるから困る。
「ちなみに俺はラズルな」
「二人きりでもだめ?」
「うーん、まあ二人きりの時ならいいか。今日は平日だけど非番なのか?」
「うん、お休みもらってる。カムルこそ今日はめずらしいね。いつもお昼にならないと外に出てこないのに」
「術式開発に行き詰っててな。気分転換しようと思って歩いてたんだ」
「気分転換になった?」
「全然。頭の中は研究のことでいっぱいだよ」
意図せず苦笑いする。
自覚しない内に研究バカになってしまったものだ。
「よかったら少し話さない?」
「そうしようかな」
リティアのとなりに腰を下ろす。
ほのかに甘い香りが漂って何とも言えない気分にさせられる。
「軍での生活はどうだ?」
「順調だよ。以前カムルが教えてくれた術式あるでしょ? 複合魔法の出力上限を撤廃したの」
「あったな。魔導具としての運用には至らなかったけど」
「そうだね。でも現場ではすごく役に立ってる。同僚も属性を混ぜるのが苦手だからすごく喜んでるよ」
「それはよかった」
魔導具開発に勤しんだ甲斐があったってものだ。
しかし術式がOKで道具を使うのは駄目ってどういう理屈なんだろう。人間の俺にはよく分からない価値観だ。
「でも両親からは心配されてないのか? 魔王軍って新人の内から戦場に出すって聞いたけど」
人類軍は体力作りや武器の使い方など戦うにあたっての基礎を教え込む。
魔王軍にはそれがない。教え込まれるのは上官の指示に絶対順守という点だけだ。訓練こそあれど武器や魔法の使い方は自己学習に委ねている。
そんな体制でも大きな問題は起こっていない。
軍人は命が懸かる職業だ。みんな死にたくないから必死に知識や技術の吸収に努める。
それに魔族は人間よりも身体能力が高い。戦いの技術がともなわなくても膂力があるから最低限役に立つ。
魔王軍の放任主義な体制はそういった面が関係しているのかもしれない。
「心配はされてる。でも私、今の生活気に入ってるの」
「給料がいいから?」
端正な顔立ちがむっとする。
俺は苦笑いして先をうながした。
「私、ジマルベスに留学する前も成績はいい方じゃなかった。でも今は上官にほめられる。仕送りで両親の再起を応援できるし、役に立ててる今の私が好き」
告げるリティアの表情はやわらかい。充実した日々を送っているというのは嘘じゃないようだ。
「そうか。少しリティアがうらやましいな」
「カムルが私を?」
あどけなさの残る美貌がきょとんとする。
「俺がうらやむのはそんなに不思議か?」
「うん、不思議。カムルは色んなことができるし研究者としても働いてる。エリート中のエリートなのに、私のどこをうらやましいと思うの?」
「家族とうまくやれてるじゃないか。俺はうまくできなかった。自分から屋敷を飛び出してそれっきりだ」
「後悔してる?」
「それはしてない。俺がいたら間違いなく面倒なことになってたからな。最悪死人が出たかもしれない」
後継ぎ問題は関わった人物の一生を決める。父が俺に爵位を継がせる選択をしていたら刺客を差し向けられた可能性も否定できない。
反応装甲のある俺が暗殺されるとは思えないけど、長男は間違いなく失脚していたはずだ。失意の末に自ら命を絶つこともあり得た。
「でも時々思うんだよ、本当にあれでよかったのかって。俺が魔法に興味を持たなければ周りは俺を持ち上げなかった。俺にさえ関わらなければ、誰も不幸にならなかったんじゃないかって」
あるいは、この世界に転生したこと自体が間違っていた。
自称神に転生させられた身だけど、本当に嫌なら自死の道もあった。
そうしなかったのは他でもない俺自身。こうして魔王国の領土にいることもきっと間違っているんだ。
「そんなことない」
ハッとして顔を上げる。
紫の瞳に見つめられた。
「私はカムルに会えてうれしかった。術式を教えてくれたから私は居場所を見つけられた。ジマルベスだってエンシェントドラゴンに蹂躙されてた」
「結局勇者が大勢殺したぞ」
「でも無抵抗の人間は助かった。多くの命を救ったのはカムルの功績」
言葉に詰まる。
意図せず口からこぼれた弱音だったのに、ここまで強く反論されるとは思ってなかった。その現実に思考が追いつかない。
でも胸の奥がじんわりと温かい。
微かだけど救われた気持ちになった。
「そうだな、そこまで自分を卑下するものじゃないよな。ありがとうリティア。少し気持ちが楽になったよ」
「少しなの?」
「だいぶ楽になりました」
むっとされて苦笑する。
照れくさくて手頃な会話を模索する。
「ところで両親の事業はどんな調子なんだ?」
「今は昔の知り合いと渡りをつけてる。出資してもらえないか交渉してるんだって」
「難航しそうだな」
「してる。パパは倒産を経験してるからみんな慎重になってるみたい。でも動いてるパパは楽しそうだった」
「それはよかった」
気持ちが折れなければ再起の機会はある。あの父親は徳がありそうだし、いずれ周りが引っ張り上げるだろう。
俺はベンチから腰を浮かせた。
「俺はそろそろ戻るよ。両親の件、俺にできることがあったら言ってくれ」
「うん。ありがとうカムル」
またなとまたねを交わして公園の出口に向かう。




