第64話
リティアの父はアランというらしい。
ヒゲを生やした恵体の男性。省エネで人にばけているとはいえリティアと似ても似つかない。人化する魔法は自由自在に容姿を変えられるわけではないようだ。
いわく本体の容姿に比例した様相が、そのまま人型として出力される。仮に人として生まれていたら今のような様相になるのだとか。
鉄骨を担いで走りそうなムキムキマッチョからどうやってリティアのような儚げな美少女が生まれたのか。生命の神秘だ。
アランさんに案内された先には小屋があった。
木造で外装は悪いものの、建物としての形は保たれている。
中に踏み入るときれいな女性がいた。水を個体にしたような透明感ある髪はリティアにそっくりだ。
進められて食事が振舞われた。
野菜のスープに安価な穀物。肉類は調達困難と聞くのに惜しげもなく食卓に並んだ。歓迎されているのが肌で感じられて、一家に混じる居心地の悪さはすぐに払しょくされた。
食事が一段落して、ジマルベスでの学園生活について問われた。俺がリティアに複合魔法の使い方を教えたことを伝えると、両親はいたく喜んでいた。
二人はリティアに友人ができるかどうか心配していた。
ジマルベスに留学する前の話が始まって、リティアが恥ずかしそうに両親を制止した。どこか落ち着きのあるリティアも子供なんだと分かって微笑ましくなった。
グラネに長居するのは危険と言われて気持ち早めに出発した。アランさんに見送られてリティアとスラム街を後にした。
ガラの悪い連中と目が合っても手出ししてこない。何だかんだ水竜族ということで一目置かれてはいるようだ。
「事業に失敗したって聞いたから落ち込んでるかと思ったけど、思ったより元気な両親だな」
「うん。私も魔王国に戻ってすぐ会った時はびっくりした。再起を図ってるみたいだし心が折れてないからかも」
「リティアの負けん気の強さは両親譲りなんだな」
「私そんなに気が強く見える?」
「自覚ないのか? 学園の図書館で魔族の挑発に乗ってたじゃないか」
「それは、あいつらが水竜族をばかにするから、つい」
「それを負けん気が強いって言うんじゃないか」
「そうかな……そうかも」
意外とすんなり納得した。まあこの件については否定のしようがないけど。
その日はリティアと別れてクランシャルデさんの屋敷に戻った。
屋敷に戻ってからクランシャルデさんに頼みごとをした。
きっかけはスラムでの喧嘩だ。怪我こそ負わなかったものの、喧嘩っ早い魔族をあやうく怪我させかけた。
俺は体の周りに万能反応装甲を張りめぐらせている。不意な一撃を回避できずに意図せず爆発をお見舞いする可能性がある。
俺は魔王国での立場をまだ確立できていない。トラブルを回避するためにも万能反応装甲を反応させるのは悪手だ。
魔法以外にも身を守る手段が欲しい。そう告げたらクランシャルデさんが一つの提案をした。
クランシャルデさんに仕える執事が元軍人らしい。仕事の空き時間に限って、その彼に稽古をつけてもらえることになった。
この世界での格闘技には魔法が用いられる。
風を発生させての歩法や拳の硬質化など魔法を組み合わせた近接格闘。魔法を学ぶ時とは違った新鮮さがあった。
唯一魔法を学んだ時と違うのは、俺に体術の心得がないことだ。
訓練は予想以上に体力を使う。終わる頃にはヘトヘトになる。
当たり前だ。俺はろくに体を鍛えてこなかった。魔法による補助にも限度がある。
翌日から毎朝ランニングに努めた。
リッチに筋肉はない。体力をつける目的で走るのは不自然だ。走るコースは屋敷の敷地内にとどめて基礎体力の向上に努めた。
午前中は術式の開発に勤しみ、屋敷に帰宅した後でトレーニングに励む。
そんな日々が一年近く続いたある日のことだった。
「残念だったわねカムル君」
「……はい」
口からこぼれた声色は、自分の声とは思えないほど情けないものだった。
魔導具関連のプロジェクトは頓挫した。端的に言ってあまり評価されなかったのだ。これ以上投資する価値はないと判断されて切り捨てられた。
くやしい。最後にこんな気持ちを覚えたのはいつぶりだろう。
成果物を評価されないことがこんなに苦しいものだったなんて、こんなの思い出したくなかった。
「個人的にはうまく行くと思ったんですけどね」
「大多数の弱者を底上げするってコンセプトはよかったと思う。ただ、いささか地味過ぎたわね。魔族は道具を使って強くなることに抵抗を覚える性質なのよ」
「自分の力以外で戦うことを嫌うってことですか?」
「そういうこと。人間がどう考えるかは知らないけれど、魔族は基本弱者の救済なんてしない。下を底上げするのが効率的でも、魔族のお偉いさんには魅力的に映らないってことね」
面倒な話だ。俺には効率的に思えることでも、魔族の感性に合わないというだけで否を突きつけられる。
これからは企画を魔族の観点で見つめ直す必要がある。
でも魔族の感性に合う企画ってなんだろう。
「気を取り直して次の企画を考えましょう」
「と言っても何を考えればいいんでしょうか。魔族が求める魔法に心当たりがなくて」
クランシャルデさんが口元に右手を当てる。
「そうね。もっと派手でインパクトのある魔法、かしら」
「インパクトですか」
「ええ。できれば一発で圧倒的な力を誇示できるような魔法がいいわね」
「圧倒的な力……」
つぶやいたワードでエンシェントドラゴンの姿が脳裏をよぎる。
一つの案が脳裏をよぎった。
「あります。派手でインパクトのあるやつが」
「聞かせてくれる?」
クランシャルデさんと向かい合って研究の企画を説明する。
なんなく許可が下りて、俺は企画書を仕上げるべくペンを握った。
みなさんご存じ例の魔法です。
カムルの決断がどんな結果を招くかは次話以降のお楽しみ。




