第63話
竜車が進むにつれて街並みが色あせる。
グラネにつながる入り口には、立ち入りを警告する看板が立っていた。
よほど治安の悪い地域なのだろう。万能反応装甲があるとはいえ自然と気が引きしまる。
御者にこれ以上は進めないと言われて、俺とリティアは竜車を降りた。看板とすれ違って荒れた地面を突き進む。
窓からのぞかせる建物はどれもボロボロだ。本当に誰かが住んでいるんだろうか。
その疑問は数分とせず解消された。廃れた街並みに座り込む人影が散在している。
みんな力なくうつむいている。たまに顔を上げる人影があってもすぐ視線を下げる。
見るからに生きる気力を無くしている。何もない場所だから余計にそう感じるのだろうか。
そんな場所にも元気なやつはいるものらしい。
ガラの悪そうな三人組が口端をつり上げて進行方向をふさぐ。
「おい兄ちゃん、駄目じゃねえか、こんなところをきれいな女の子と二人で歩くなんてよ」
「どうして駄目なんですか?」
「そりゃお前、ここには悪い大人がいるからさ」
ねっとりした視線がリティアに向けられる。
見た目は美少女だけど水竜だ。この連中にどうこうできるとは思えない。
トラブルはごめんだし、一応会話してみるか。
「この先に用があるんです。道を開けてくれませんか?」
「いいぜ。ただしそこの女は置いて行きな」
「通行料ってやつだ」
まあこうなるよな。
一戦は避けられなさそうだけど、どうしたものか。
「おらァッ!」
ハッとした時には拳が目の前にあった。
喧嘩っ早いなんてものじゃない。最初からこうするつもりで俺たちの前に立ちふさがったのだろう。
俺の意識が介入するひまもなかった。万能反応装甲が起動してゴロツキが吹っ飛ぶ。
「ガラック! てめえ、やりやがったな!」
「待て、不可抗力だ。あいつが会話の途中で手を出してくるから」
「うるせえ!」
オークが腕を振りかぶる。
魔力を用いた身体能力強化の術は心得ている。
それでもまともに受けて無事でいられる保証はない。万能反応装甲は切らずに回避に専念する。
「やめろ。さっきのを見ただろう? 俺に攻撃するとお前も吹っ飛ぶぞ」
「あいつはトレーニングがなっちゃいねえからな。圧倒的な暴力の前には小細工なんて通用しねえことを教えてやるぜ!」
何が圧倒的な暴力だよ。ただ太い腕を振ってるだけじゃないか。
そんな攻撃でも回避し損ねそうになる。
思えば学園の訓練でもハーピに遅れを取った。俺には近接戦闘の経験と技術が不足している。
ゴロツキの拳を回避するのがやっとなほどに。
「ラズル!」
「おっと、女はこっちだぜ」
三体目のオークがリティアに腕を伸ばす。
オークの頭が青い手にわしづかみにされた。
ヒレのあるそれはオークの後ろから伸びている。眼前のオークも腕の主に視線を向ける。
腕の主はいびつな形状をしていた。人型をベースに、右腕だけが巨大化してオークの頭をわしづかみにしている。
「オークふぜいが、誰の娘に手を出してやがる。あアン?」
腕の中でくぐもった悲鳴が上がる。
腕がオークを放り投げた。俺の眼前にいるオークとぶつかって地面の上を転がる。
ゴロツキ二人が仲間を回収してそそくさと走り去る。
「まったく、ここにはあんなのばっかだな」
ヒレのある腕が人の腕に戻る。
「パパ」
思わず振り向く。
端正な顔立ちには、今までになく親愛の情が浮かび上がっていた。




