第61話
「二人とも知り合い?」
クランシャルデさんに問われてリティアがハッとした。すぐに姿勢を伸ばして失礼しましたと口にする。
軍人ならではの堅苦しいあいさつを経て試射場に足を運んだ。俺が用意した魔水晶をリティアに手渡す。
水晶には術式を刻んである。魔力を通しやすい素材を用いることで、使用者は魔力を流すだけで魔法を行使できる仕組みだ。
魔法は想像通りに発動した。学園で見た時よりも明らかに出力が高い。リティアも目を見開いて驚いた。
威力や使用感は十分な一方で耐久面には難があった。
大した問題じゃない。水晶をむき出しにして使っているんだ。壊れるのは当然だし、そこは術式の評価にはつながらない。後は他の部門が魔導具規格化のために改良を図るだろう。
試射を終えて、俺は見送りに立候補した。
リティアも話したいことがあったようですぐにうなずいた。二人研究施設を出て最寄りの公園に立ち寄る。
二人でベンチに腰かけた。他に魔物の姿がないことを確認してから口を開く。
「よく俺だって分かったな。この仮面つけてるのに」
「私水竜だから」
「それ答えになってる?」
「私たち水竜は目だけで物を見ない」
「ああ、そういうことか。水中じゃ視力がよくても限界があるもんな。ってことは、その手の魔族には正体がばれかねないってことか」
「それちょっと違う。私はカムルの魔力波長を知ってたから分かっただけ。他の魔族には分からないと思う」
「リティアは俺がカムルだと分かっただけで、人間と看破したわけじゃないってことか?」
「そういうこと」
内心ほっと胸をなで下ろす。
人間と看破されたわけじゃない。それだけでもだいぶ気が楽だ。
「ともあれリティアに会えてよかったよ。中立国家から脱出できたんだな」
ジマルベスは勇者たち人類の手に落ちた。クランシャルデさんがおどかすようなことを言ったから嫌な想像をしていたけど、リティアの幻想的な美貌は変わりない。少なくとも勇者に叩き切られた跡は皆無だ。
紫色の瞳が右にずれた。
「それなんだけど、私はジマルベスが陥落した時には魔王国に戻ってたの」
「ここにって、どうして」
戸惑いの声が口を突いた。
勇者の襲撃があると知っていたわけじゃないだろう。魔王国に戻ったからには相応の理由があるはずだ。
右手が頼りなさげに左腕を抱き寄せる。
「私の家、没落しちゃったの」
「没落?」
「両親が事業に失敗してね。たくさん借金ができちゃって、私も働きに出なくちゃいけなくなった」
「だから軍人をやってるのか。どうして教えてくれなかったんだ。言ってくれれば――」
言ってたら、なんだ。代わりに学費を出したとでも言うつもりか?
そもそも支払いを肩代わりしてすむ問題じゃない。実行するなら卒業までに掛かる費用を全て負担する覚悟が必要だった。
俺は色んな優遇を受けて学園に通っていた。卒業までに学費がいくらかかるかなんて気にしたこともない。そんな身で何を言おうというんだ。
眼前のあどけない顔に苦笑が浮かんだ。
「ありがとうカムル。気持ちだけでうれしい」
言わせてしまった。
俺は手元に視線を落とす。
「リティアの両親は今何をしてるんだ? リティアと同じで軍属か?」
細い首がかぶりを振る。
「ううん、今は無職。軍属には年齢制限があるし、借金もあるから色々難しいみたい」
「そうか」
軍属が誉れとされるのは人類魔族の共通認識だ。両親が借金にまみれてもリティアの立場が揺らぐことはない。
でもこれからのリティアは仕送りをする立場になる。自由にできるお金や時間は限られる。
おいしそうにパンをほおばるあの笑顔を見られなくなるのは、少しさびしい。
「そんな顔しないで。私まだあきらめてないから」
視線を上げる。
リティアの微笑と目が合った。
「以前水竜族の立場が弱くなってるって言ったこと覚えてる?」
「覚えてるよ。活躍できる場面が限定的すぎてってやつだろ」
「うん。確かに私たち水竜族は活躍できてないけど、それは周りが強くなったわけじゃない。これからお仕事がんばって出世して、水竜族を見下す連中の認識を変えてやるの」
リティアが両手の指をぎゅっと丸めて意気込む。
子供っぽい仕草が微笑ましくて、意図せず小さな笑いがもれた。
小さな顔がむっとする。
「笑うなんてひどい」
「いや、違うんだ。意外としたたかでびっくりしてさ。目的を持つのはすごくいいと思うよ。リティアはポテンシャルだけはあるし、開発中の術式が規格化すれば同期の中で台頭できると思う」
「ほんと?」
「ほんと。今日試射してもらった魔法はそのための物だからな」
「じゃあカムルにはがんばってもらわないと。一刻も早く完成させてね」
「努力するよ」
複合魔法に関してはリティアが努力すれば済む話なんだけどなぁ。
そう告げるには重い話を聞きすぎた。俺は苦笑いをして軽口を抑え込む。
「カムルは次の休日いつ?」
「いつだろ。最近休み取れって言われてるから、申請すればわりとすぐに休めそうだけど」
「それなら三日後の朝から時間もらえない? 一緒に来てほしいところがあるの」
「分かった。集合場所はこの公園でいいか?」
「うん。じゃあ当日楽しみにしてるね」
リティアが立ち上がって公園の出口へ向かう。
しっかりとした歩みにちょっとした安心感を覚えて、俺もベンチから腰を浮かせる。




