第59話
歩く途中で元クラスメイトとは別れた。
彼らの家族は魔王国にいる。帰る場所があるのは素直にうらやましかった。
俺はクランシャルデさんと肩を並べて先を急ぐ。
行きついた先には大きな屋敷がそびえ立っていた。ニーゲライテの屋敷どころか、ロールレイン伯爵の屋敷よりも大きい。
建物の大きさに圧倒されているとクランシャルデさんにうながされた。細い腕が大きな扉を押す。
開かれた扉がのぞかせたエントランスは鮮やかな赤と金に彩られている。
豪華なエントランスの内装には、白と黒の衣装を身にまとう女性が立っていた。目を見開いてクランシャルデさんに一礼する。
彼女は使用人らしい。すぐに鈴が鳴らされて使用人や執事が集まった。出迎えられなかったことへの謝罪の文言が連ねられる。
クランシャルデさんはそれを許して、次に俺のことを紹介した。
俺のことは客人として屋敷に住まわせるつもりらしい。俺は足がつかないように偽名を名乗って一室に案内された。
分かってはいたけど部屋が広い。用意されたベッドもふかふかで、クランシャルデさんの俺に対する気遣いがうかがえる。十中八九俺への投資だろうけど、ひとまずは純粋な善意と受け取っておこう。
部屋に荷物を置いて入浴室に立ち入った。使用人が温めた湯を使って、魔王国までの道のりで汚れた体を清める。
リッチの俺が肌をさらしても使用人は全く表情を変えない。
思い返すと門番や街を歩く市民もそうだった。皮膚のあるリッチってめずらしくないんだろうか。それともこれもクランシャルデさん製仮面のパワーか。
身を清めて入浴室の外に出ると着替えが用意されていた。
衣服に身を包んで一休みしているとドアがノックされた。使用人が顔を出して食事の用意が整った旨を告げる。
俺はチェアから腰を浮かせて廊下に出た。がらんとした廊下を突き進んで一階の食堂を目指す。
大きな扉を開いた先には細長いテーブルが置かれてあった。クランシャルデさんがラフな格好に身を包んで微笑を向ける。大きな谷間や太ももがあらわになって実に妖艶だ。思わず視線をそらしてしまった。
「どうしたの? こっちに来て」
変な意味じゃない。変な意味じゃない。
念じて足を前に出した。面白がっているのか、整った顔立ちには愉快そうな笑みが浮かんでいる。
俺はクランシャルデさんの正面にあるチェアに腰を下ろす。
一つチェアをずらして座ろうかと思ったけど、クランシャルデさんに笑われそうだから止めておいた。
「普段からそんなにセクシーな格好で過ごしているんですか?」
「ええ。人目がない時は大体ラフな格好ね」
「今は俺がいるんですけど」
「そうね。迷惑だったかしら? もしそうなら着替えて来るけれど」
全然迷惑じゃな……迷惑だ!
俺はまだ十代前半なんだぞ。そんな子供相手になんて刺激の強いものを見せるんだこの人は。
なんて言うと俺が負けたみたいだから、体が冷えるから何かを羽織るべきそうすべきと回りくどく告げた。
クランシャルデさんはくすくすと笑ってから、使用人に羽織る物を持ってくるようにと告げた。
国宝級のスタイルがカーディガンに隠された。
「そんな振る舞いをしていると、いつか男性を勘違いさせちゃいますよ」
「あら、勘違いしそうになっちゃった?」
「冗談」
ため息を突こうとした時、ドアをノックする音が鳴り響いた。
ドアの隙間から使用人が配膳用台車を押して現れた。クローシュにおおい隠された皿を俺の前に置く。
食器でテーブルの上を飾るなり部屋の隅に寄った。
「カムル君。遅れたけれど私の屋敷にようこそ。歓迎するわ」
「ありがとうございます」
軽いあいさつを経て使用人がクローシュを乗り除いた。食堂にぶわっと料理の匂いが広がる。
ボリューミーな料理をナイフとフォークを切り分けていると、クランシャルデさんが一枚の書類を差し出してきた。
俺は書類を受け取って文字を視線でなぞる。
「これは?」
「職のあっせんよ。手持無沙汰も不安でしょうし、カムル君に私の研究を手伝ってもらおうと思って」
「それは構いませんけど、普通研究員ってその手のエリートがなる職業ですよね。新参の俺が行ってトラブルが起こりませんか?」
「起こらないわね。私が起こさせないから」
大きな屋敷と使用人を従える人だ。保有する権力は相当なものだろう。魔王国に亡命したばかりの身でも立場の強い役職に就けそうだ。
「嫌というなら断ってくれて構わないけれど、どうする?」
「やります」
屋敷に閉じこもっているのも性に合わない。
何より魔族のことを知りたい。そのためにクランシャルデさんから羽ペンを受け取った。




