第56話
「あの光……」
足を止めたクランシャルデさんがつぶやいた。
視線の先では、黄金の柱が曇天を衝いている。
「きれいな光ですね。誰の魔法でしょうか」
「勇者ヴァランよ」
「勇者?」
「カムル君も聞いたことくらいはあるでしょう? 人間の英雄にして、魔族の敵」
「何でそんな人がこんなところに。もしかして俺たちを助けに来たとか?」
それならエンシェントドラゴンと対峙する前から合流してほしかった。
でも勇者と言えば魔族との戦争に明け暮れているイメージがある。いそがしくてジマルベスまで来るのに時間が掛かったってことか
そう思った俺とは裏腹に、細い首は左右に揺れた。
「いえ、おそらく違うわね。勇者の狙いはきっとジマルベスよ」
クランシャルデさんの推測を耳にして頭の中が真っ白になった。
勇者の狙いがジマルベス?
それって、まさか。
「勇者がジマルベスを陥落させるために攻めてきたってことですか⁉ 何でそんなこと!」
「魔族は人類の敵だから」
「ありえない! 人間と魔族の仲が悪いことは知ってますけど、中立国家ですよ? 共存できてるじゃないですか!」
「向こうにとって、共存できているかどうかは問題じゃないのよ。魔族は人間の敵。それが全てなの」
クランシャルデさんが口元を引き結ぶ。
その表情で察したものを認めたくなくて問いを紡ぐ。
「ジマルベスは、どうなるんですか?」
「落ちるでしょうね。きっと魔物化したシュバルでも勝てない。勇者は神に愛されているから」
クランシャルデさんが体の向きを変える。
「行き先を変えましょう。ジマルベスは放棄して魔王国に向かうの」
「避難所の人たちはどうするんですか?」
「無抵抗の相手を悪いようにはしないはず。それに今から行っても全部終わっているわ。人間じゃないのよアレは。魔法出力だけじゃなくて、フィジカルって意味でもね」
二度目の光柱が鉛色の雲に風穴を開ける。
あれは見るからに光属性の魔法だ。エンシェントドラゴンのお腹に傷をつけたのは勇者だったのか。
だとしたら、初めからジマルベスを落とすためにあの魔物を差し向けたってことになる。
おそらくは、リザードマンの集落を瓦礫に変えたのも勇者だ。
全てはエンシェントドラゴンの接近と、ジマルベス付近に潜ませた部隊の発見を遅らせるために。
「そこまで、するのかよ」
意図せず指がぎゅっと丸まる。
人間と魔族が助け合って生きているのに、それが気にくわないからって土足で踏み入って荒らすだなんて。
そんなの、駄々をこねる子供と一緒じゃないか。
「時間がないわ。カムル君。エンシェントドラゴンと戦ってる時も言ったけれど、私たちと魔王国に来ない?」
「行きます」
もはや迷いはない。
前世でのあれこれで、人との付き合いに苦手意識を覚えていた。でも縁を切る度胸はなくて、俺にできる限りのコミュニケーションを取ってきた。
でも、もういい。
こんなことまでするなら、魔族の方がマシだ。




