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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 藍色黄色


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第53話


 交代しても結果は変わらなかった。


 魔法こそ放たれるものの、開戦時のような勢いは見る影もない。エンシェントドラゴンが頭部をもたげるたびに周囲で悲鳴が上がる。


 もう迎撃って雰囲気じゃない。

 

 目に見えた戦果がないから余計に気持ちが削られる。


 エンシェントドラゴンが全くひるまないのも問題だ。


 複合魔法を当てても大したダメージが入らない。せいぜいうろこを数枚吹き飛ばしたくらいだ。


 今は耐性でもできたのか、複合魔法を当てても大したダメージが入らない。


 もうお手上げだ。


 あの巨体は国内につながる門を突破して、その向こう側にある建物を踏み荒らすだろう。


 人間や魔族が協力して積み重ねてきた物を、壊すことを楽しむ子供のように蹴散らすだろう。


 神の眷属だか何だか知らないけど、そんな真似ができるやつはまごうことなきバケモノだ。


「あらら、これはもう逃げた方がいいかしら」

「あきらめないでくださいよクランシャルデさん。冗談でもそんなこと言われたら俺の気持ちまで折れちゃいます」

「冗談じゃないのだけれどね。見てよ、みんなもうやる気なくしてるじゃない」


 クランシャルデさんが周りを見渡す。


 メイジ班はもちろん歩兵の方も士気は最悪だ。疲れた顔でエンシェントドラゴンの巨体を見上げている。もはや貼りついて攻撃しようという気概きがいは残されていない。


「ある意味これはチャンスかもしれないわ」

「え?」


 思わずバッと振り向いた。この状況を打開できる切り札を期待する。


 整った顔立ちが苦笑いした。


「そんな期待のこもった目を向けないでよ。私には何もできないわ」

「そう、ですか」


 ふわっと浮き上がった心が一気に沈み込む。


 こんな時に勘違いさせるようなことを言わないでほしい。


「カムル君、あなた何か勘違いをしているようね。切り札ならあるわよ」

「本当ですか⁉」

「ええ。ここに」


 クランシャルデさんが腕を伸ばす。


 細い人差し指が俺を指し示した。俺は後ろを振り向いて確認する。


「ばか、あなたよ」

 

 頭の上にポンと手が乗った。


「俺ですか? でも複合魔法は効き目が薄くなっちゃいましたよ?」

「まだ使ってないのがあるでしょう。とびきり威力のあるやつが」


 そんなものがあったらとっくに使ってる。出し惜しみなんてするもんか。


 そう思ってハッとした。


「まさか、惑星魔法のことですか?」

「そうよ」

「あれはまだ試験運用がすんでいません。成功するかどうか分からないし、最悪暴発して周りに被害を出すかもしれませんよ?」

「あら、周りには誰かいるの? みんなとっくにやる気をなくしていると思うのだけれど」


 確かにそうだ。あれだけ怒声を上げていた指揮官もだんまりを続けている。離れろと言えば、反論することなく身をひるがえす図が脳裏に浮かぶ。


「本当に撃っちゃっていいんですか? この戦いが終わった後に処刑されたりとかしませんか?」

「さすがにそんなことないわよ。国を守れたなら英雄だし、周りも悪いようにはしないわ。万が一あなたが糾弾されるようなことがあったら、その時は私と魔王国に来なさいな。あなたくらい優秀な研究員なら大歓迎よ」


 この人は本気で言っていそうで困る。

 

 魔王国と言えば人類を敵視している連中の集まりだ。人間の俺が行ったらどんなことになるか分かったものじゃないのに。


 でもまあ、逃げる先があるのは気分が楽だ。


「分かりました。俺は惑星魔法の準備に取りかかります。クランシャルデさんにはメイジ班の再構成をお願いできますか?」

「それはいいけれど、何か考えがあるの?」

「はい。エンシェントドラゴンのお腹には傷跡があります。そこに攻撃すれば大きなダメージが期待できると思うんです」

「なるほど。この先に少し傾いた地形があるの。仕掛けるならそこがいいかもしれないわね」

「いいですね。俺は先に行って準備してます」

 

 身をひるがえして地面を蹴る。


 背後でクランシャルデさんが号令をかけた。聞き耳を立てる同僚とすれ違って一人駆ける。


 足を運んだ場所は地盤沈下したように傾いている。


 ここだと確信して惑星魔法の準備に取りかかった。惑星と衛星を担う球体を空高く撃ち上げる。


 衛星箇所が惑星の周りをぐるぐると旋回する。


 不具合が起こりませんように。


 速く大きくなってくれ。


 焦燥に駆られる間も地響きが近づく。


 再編成されたメイジ班が到着した。


「何だあれ」


 仲間が空を見上げる。


 一か所だけ明るい地面が気になったのだろう。大きくなって光量を増した衛星が地面を照らしている。


 まだ自律行動を可能とする術式は完成していない。俺はクランシャルデさんに頼んで、雲を作ってもらった。


 鉛色の雲を隠れみのにして魔法が進む中、ついにエンシェントドラゴンが通りかかった。高台にいる俺たちには目もくれずノシノシと歩を進める。


 まだ惑星魔法は発動までこぎつけない。


 下手に手を出してブレスが来たら台無しだ。ここは静観するしかない。

  

 間に合え、間に合え。


 間に合え!


「あ」


 エンシェントドラゴンが足を止めた。微かに明るくなった地面を見て顔を上げる。


 惑星魔法のシークエンスは最終段階まで到達している。魔素を吸い込むための風が雲を渦巻かせて光がもれている。


 気づかれた。


 俺の予感を裏づけるようにエンシェントドラゴンが口を開けた。空間が光の粒に彩られて、それらが吸い込まれるように一つの球を形作る。


「今よ!」


 クランシャルデさんが号令をかけた。メイジ班がいっせいに魔法を発動する。


 山のような巨体が傾いた。右側面の足を支える地面が隆起して巨体を転ばせにかかる。


 あと少しといったところで体の傾きが止まった。


 まずい。


 エンシェントドラゴンが集めた光はまだ形を保っている。惑星魔法に向けてブレスを撃たれたら台無しだ。


「どけええええッ!」


 背後からドシドシと大きな足音が迫る。


 メイジ班が左右に分かれた先には大きな魔物がいた。一瞬もう駄目だと考えて、すぐに思い出す。


 あれはドランギルトさんだ。魔物化した形態は初対面の時に見たことがある。


 大樹を思わせる腕には大きな岩がはさまれている。


「くらえ、ネメスのかたきだアアアアアアアアアアッ!」


 大岩が砲弾じみた速度で投擲される。


 それが最後の一押しになった。巨体がひっくり返って地面を大きく鳴らす。


 服従した犬のポーズに遅れて、口元に収束していた熱が霧散した。


「まだ時間は必要か⁉」

「いえ、もう十分です。全員伏せて!」


 俺も地面に伏せて後頭部に両手を当てる。


 光の柱が曇天をつらぬいた。


 試作魔法【衛星砲サテライトブレイザー】。周囲一帯の魔力を凝縮した光線が巨体を呑み込む。


 闇属性の魔法は光の属性でかき消される。


 衛星砲の原理には闇属性の魔法が使われているものの、射出されるのは純粋なエネルギーだ。性質は光の魔法に近い。十分なダメージが期待できる。


 爆風が収まった頃には視界内が土ぼこりにまみれていた。


 俺はせき込みながら風の魔法で行使する。視界をけがす要因を取り払って酸素も確保する。


 離れた位置に、隕石でも落ちたかのようなクレーターができている。

 

 その中心では、黒ずんだ巨体が手足をだらんとさせていた。

 

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