第52話
部隊に緊張が走った。
ずらっと並ぶ兵士が見つめるのは山を思わせる巨体。部隊が展開して攻撃が始まる。
距離を詰めた兵士が足目がけて得物を振り下ろす。
やはりエンシェントドラゴンは微動だにしない。歩み寄る人影を無視してズンズンと足を進ませる。
号令に遅れて魔法が宙を飾る。
紅蓮の球、氷の砲弾、宙を駆ける稲妻が竜に降りかかる。
大半がうろこに当たる前に消滅する中、一部の魔法がうろこを軽く焼いた。
「通じる、通じるぞ! オレの複合魔法が奴のうろこを焼いた!」
声を張り上げたのはドランギルトさんだ。
どうやら複合魔法が使えるらしい。あのナリで。
メイジ班が活気づいて次々とロッドを構える。
俺も高台から嘲笑する小宇宙を構えた。
俺があつかえる光属性の魔法は光の荊だけ。攻撃に運用する術式は構築したことがない。
光属性の魔法を使える人はまれな世界だ。その手の文献を調べても使えそうな術式は見当たらなかった。
迎撃にあたる今、一から術式を構築する時間はない。二つの属性を混ぜた魔法でうろこを狙う。
巨体が足を止めた。大きな口を開いて鋭利な牙をのぞかせる。
嫌な震えが体中を駆けめぐった。
「ブレスが来ます! 逃げてください!」
射線上から退避すべく地面を蹴る。他の人員も慌ただしく退避を始める。
大きな口が微かにずれる。
退避が間に合わない!
「くそっ!」
背後に爆風を着弾させた。爆風に乗って高速離脱を図る。
視界の隅が白一色に染まった。一際強い爆風に背中を叩かれて方向感覚が失われる。
とっさに体を丸めて、少しでも衝撃をやわらげようと試みる。
何度か地面の上を弾んで慣性が止まった。ぎゅっと閉じられたまぶたをそっと開く。
メイジ班はバラバラに散っていた。直線状にえぐられた地面は熱されて赤い色を帯びている。
ジューッと焼けた音にうめき声を混じる。見渡すと肩を押さえてのたうち回る人影もある。
エンシェントドラゴンがブレスを放つ瞬間、首がわずかに俺たちの方へと向けられた。
明確な敵意。あの魔物が俺たちを脅威と定めた証明だ。
体の痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
さっきまで宙を飛び交っていた魔法がピタリと止んでいる。
魔法だけじゃない。大樹の幹にも等しい脚を攻撃していた兵士も手を止めている。
否応なしに理解したんだ。攻撃すると自分も攻撃されるって。
それは当たり前の現象だ。自らをおびやかす者を排斥する。生物ならみんなそうするだろう。
今までは集団的心理でごまかせていた。
反撃はあるだろうけど、それは自分以外の誰かに向けられるはず。無意識にそう思い込んでいた。
でもエンシェントドラゴンの圧倒的な攻撃力を見せつけられて、そのごまかしは取り払われた。
次は自分が蒸発するかもしれない。そんなおそれが兵士たちの心をわしづかみにしている。
「どうした、おい! 攻撃せんか!」
指揮官の声がむなしく響き渡る。
静かになった空間を重々しい足音がかき乱した。悲鳴に遅れて十近い人影が宙を舞う。
エンシェントドラゴンからすれば蹴飛ばされた小石だ。さらなる歩みが地面を揺らして兵士の足を取る。
用意された落とし穴もすぐに抜け出されて、すぐに後退の号令が出された。




