第50話
俺たちは学園の講堂に集められた。全学年の生徒が集まった広場で、深刻な表情をした校長が口を開く。
中立国家ジマルベスにエンシェントドラゴンが近づいているらしい。人間魔族問わず周りがざわつく。
忘れもしない。俺がニーゲライテ領の外で一度交戦した魔物だ。
頑強な鱗もさることながら、基本属性の攻撃を無力化する機構を持つ。
あの時は俺が光属性の魔法を使えたからどうにかなった。今回もそれでどうにかならないだろうか。
広場のドアが開かれた。視界内をうめる生徒がいっせいに振り返る。
廊下につながる出入り口には騎士団の姿があった。視線が交差するなりロードメデブルクが一直線に距離を詰める。
初めて会った時のように名乗りを上げた。
シュバルさんと対をなす智のネメス。その名声は講堂内にいる生徒や教師にも響いていたらしい。
先程とは別の意味でにぎわう空間をよそに、ロードメデブルクが俺の前で足を止める。
「ニーゲライテさん。前回と同じく助力願いたい」
「いいですよ。俺もちょうどそちらにうかがおうと思っていましたから」
俺はチェアから腰を浮かせて担任教師のもとに向かった。
学校関係者が非難を始める中、俺は出動の許可を得て学園を後にした。門の前で待機していた馬車に乗り込んでジマルベスの外を目指す。
俺の仕事は簡単だ。以前そうしたように光の荊でエンシェントドラゴンの進行方向を変える。
馬車に揺られて数時間後。前方に山のような巨体が映った。
遠くからでも足音が聞こえる。おびえるように振動する地面が、迫りつつある脅威の圧倒的質量をうかがわせる。
俺は馬車から降りて光の荊を展開した。
ニーゲライテ領で対面した時はこれで進む方向を変えてくれた。
今回もそうであってくれ。心の中で祈りながら物事の行く末を見守る。
山のような巨体が歩みを止めた。光の荊を見つめたと思いきや、大きな口が開いて喉奥の闇をのぞかせる。
空間が光の粒で彩られた。
「た、退避ィィィィッ!」
張り上げられた声に従って左右に展開する。俺は飛び込むように伏せた。
俺の魔法がいともたやすく光に消えた。超高熱で膨張した大気が俺たちごと辺り一帯を叩く。
顔を上げると地形が変わっていた。視界内を飾っていた樹木や岩がきれいさっぱり消失して、直線状にえぐられた大地がそこにある。
すさまじい攻撃力だ。
あんなもの、人間がくらったら骨一本残らない。
ズシン! とおそるおそる魔物の横顔を見上げる。
エンシェントドラゴンの方は見向きもしない。光の荊があった方向に直進する。
「あれ」
戸惑いが言葉になって口を突いた。
大きなお腹に傷跡がある。ふさがりつつあるみたいだけど、火傷したような直線はひどく痛々しく映る。
「あれは、誰が」
一体どうやって。そんな言葉が地ならしの音に溶ける。
エンシェントドラゴンに傷をつけられる存在はそうそういない。よほどの猛者に対峙したと見える。
この傷が原因で好戦的になっているのか。
思考をめぐらせていると誰かにぐっと持ち上げられた。
俺を抱え上げたのは兵士の一人。エンシェントドラゴンに背を向けて馬車に乗り込む。
「どこに行くんですか?」
「ジマルベスに戻るんだ」
「エンシェントドラゴンはどうするんですか? このまま逃げてもしあのブレスが飛んで来たら――」
ハッとして馬車の外に視線を向ける。
ロードメデブルクや他の人間兵士が鞘から剣を抜き放つ。
彼らは馬車に乗り込もうとすらしていない。山のごとき巨体に鋭いまなざしを向けている。
「まさか、彼らがしんがりを?」
「ああ。仲間が時間を稼ぐ間にジマルベスまで戻るんだ」
死んでしまう。
でも言ったところで他に案は浮かばない。
どうやったってしんがりは必要だ。
作戦が失敗したことをジマルベスのみんなに伝えて、エンシェントドラゴンが到達する前に迎撃態勢を整える。そこまでやり切るだけの時間を作りださないと惨劇が起こる。
俺は拳を固く握りしめて自身の無力さを呪う。




