第5話
魔導書を読みふけっていると、ライデリット兄さんが俺の部屋を訪れた。
許嫁を放置するなんて何事かと苦言をていされた。
言葉こそ俺を叱りつけるものだったけど、苦々しく笑った顔が本心を物語っていた。
お叱りのような何かを経て、ついでだから魔法学について分からないことを質問した。
問いを投げかけるたびに答えが返ってくる。魔法学園に通ってるだけあってライデリット兄さんは博識だ。
「ところでさっきから気になっていたんだけど、カムルの頭上で回ってるそれはなんだい?」
「ああ、これは魔法だよ。術式をいじって作ったんだ」
「何でそんなものを」
俺は【育成】を作り出すに至った経緯を説明した。
ライデリット兄さんが目を丸くした。
「すごいな。カムルはロッテンライター伯爵の論文に記されている内容を理解できたんだね」
「ロッテンライター伯爵?」
「知らないの? 魔力回路に負荷をかけると能力が向上するって主張した人だよ。俗に言う過負荷の原理だね」
「いえ、知りませんけど」
「本当かい? つまりカムルは、自力で過負荷の原理にたどり着いたってことかい?」
「そうなりますね」
「天才じゃないか!」
声を張り上げられて思わずびくっとした。
廊下に面するドアが音を鳴らす。
「何だ急に大声を出して。どうしたと言うのだ」
長男のオイデインだ。
レベッカ応対の際には姿を見せなかった肉親。屋敷にはいないと思っていたけど、今までどこにいたんだろう。
「オイデイン兄さん。今までどこに行っていたんだい? もうレベッカさんが帰っちゃったよ」
「ちょっと領土内を見回っていてな。用があったのだから仕方ないってやつだ」
わざとらしい。
ニーゲライテ男爵家とロールレイン伯爵家は婚約で結びつくことが決まっている。長男の自分がわざわざ迎える必要もないって考えだろう。
まあレベッカはライデリット兄さんにしか興味ないみたいだし、それで不都合が生じないのは確かだけど。
「それで、レベッカとの逢瀬はどうだった? しっかり三男としての務めを果たしたのだろうな?」
「はい」
「はいじゃないだろう。僕に任せっきりにしておいて」
「でもレベッカは喜んでましたよ。許嫁が喜ぶことをするのが許嫁の仕事でしょう?」
「屁理屈言わない。レベッカと婚約するのはカムルなんだから、今からそんなんだと婚約した後に苦労するよ?」
それはもう覚悟している。
レベッカとライデリット兄さんが婚約するところまで想像した。俺はもう大丈夫だ。
「何でもいいが、俺の足を引っ張ることだけはするなよ?」
「分かってるよオイデイン兄さん」
爵位を持たないお嬢さんでも伯爵の娘。機嫌を損ねるとニーゲライテ家の存続に関わる。
ニーゲライテ男爵家を継ぐのは長男のオイデイン兄さんだ。俺が伯爵の機嫌を損ねないかビクビクしているのだろう。
俺だって家族がバラバラになるのは嫌だ。適当に相づちを返してオイデイン兄さんを安心させる。
オイデイン兄さんが満足げに笑んでドアの向こう側に消えた。
「カムル。オイデイン兄さんも悪気があって言ってるわけじゃないんだ」
「分かってる。別に苛立ってはいないよ」
勉強したいと告げてライデリット兄さんを部屋から追い出した。
あらためて魔導書に向き合う。
勉強している間だけは嫌なことを忘れられる。
俺は未知なる知識をたくわえる快感に身を任せた。
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