第47話
休日早朝の街を突っ切る。
人の気配が希薄な澄んだ空気。歩いているだけで気分がすっきりしていくから不思議だ。
研究施設のエントランスで学生用入所証をかざした。前方に映った研究員とあいさつを交わす。
ここには何度も足を運んでいるからすっかり顔なじみだ。
研究開発室に入って目的の機器に歩み寄った。早速電源を入れて実験ノートを広げる。
今日までの実験で俺はいくつか成果を出した。
その甲斐あって研究室メンバーから信頼を勝ち取っている。技術の一部を提供されて、俺は学園生徒の身でありながら自由度の高い研究に取り組める。
今熱を入れているのは重力魔法だ。
中立国家を出る前にコンセプトを形にする。それを目的にして休日のたびに足を運んでいる。
すでにプロトタイプはクランシャルデさんが形にしている。
芸術という謎の価値感で放置されているけど、空気中の魔素を吸って自律行動する仕組みはできているんだ。
だったらやりようはいくらでもある。
衛星を担当する球体がサイズを維持したままぐるぐるするのは、魔素の吸収量と運動の際に消費するエネルギーがつり合っているからだ。
衛星を大きくするには、その均衡をくずしてやればいい。
単純に衛星を大きくするだけでも効果があった。空気に触れる表面積を拡張して、吸収する魔素の量を増やした。
研究開発室では大した効果を観測できなかったけど、球体の膨張は微々たるもので十分だ。
この仕組みの本領は外で発揮される。
衛星を大きくするほど魔素との接触面積も増えるんだ。吸収効率は何倍にもふくれ上がる。
反面、運動維持に必要なエネルギーも増加する。重い物を動かすのにより強い力が要るのは当然だ。
その点は慣性でカバーする。
発揮するエネルギーが大きいのも重い物の特徴だ。スピードが乗ったら後は慣性に任せる。
どうせ惑星との接触時には消滅する。後半の運動は魔素の無駄と切り捨てる。
理論はできた。それを術式という形に収めるための設備もある。
問題は衛星に触れる魔素に限りがあることだ。
衛星は同じ動きを繰り返す。魔素を吸って膨張し、惑星箇所に接触することで魔法を起動させる。
その仕様上、いずれ周囲の魔素が枯渇する。
厳密には魔素が枯れることはない。水に落とした土が液全体に広がるように、時間が経てば魔素は濃度が薄い方へと流れる。放っておいても魔法は発動するだろう。
ただし発動に要する時間が数倍にふくれ上がる。戦闘中に使う前提では悠長が過ぎる。目論見を看破した敵に邪魔されるのがオチだ。
どうやって吸収効率を高めようか。
思考をめぐらせながら今日も研究施設を後にした。
日はまだ高い。
今日は他の研究員が同じ機器をあつかう。立場が弱い俺を優先してなんて言えない。大人しく帰路をたどるのみだ。
「ニーゲライテさん」
優しい声色を耳にして足を止める。
振り向くとロードメデブルクがいた。
この前見た微笑はない。着込んだ甲冑にふさわしく表情は引きしまっている。後方には部下らしき人員が控えている。
「こんにちはロードメデブルク。武装なさっているようですが、これから遠征ですか?」
「ああ、これから調査に出かけるところなんだ。そこで一つ君に頼みたいんだが、我々の調査に同行してくれないだろうか?」
「俺がですか? でも俺は軍人じゃありませんよ?」
「特進クラスの生徒には、特別に下等兵の階級が与えられているはずだ」
確かに校則にはそんなことが記されてある。
普通の兵士と違うのは、拒否権は生徒の側にあることだ。俺にはロードメデブルクの依頼を断る権利がある。
「君の本分が学生だということは承知している。だが君の実力を目の当たりにした私としては、やはり君の助力を請いたい。どうか我々に力を貸してもらえないだろうか」
ここまで真摯《しんし。に頼まれては断りにくい。
俺は首を縦に振って馬車に乗り込んだ。いつぞやのメンバーとあいさつを交わして目的地への道のりを進む。
集められたメンバーが人間ばかりであることに、この時の俺は気づかなかった。




