第45話
やるべきことは決まった。俺はひまな時間を術式構築に費やした。
俺が使うことはない術式だ。俺にとっては無駄にまみれた作業になる。
その一方で、誰にでも使える魔法の開発には意義がある。
将来研究職を志す予定の身としては、手っ取り早く実績作りできるのは便利だ。
術式を完成させてリティアに渡した。
特別な修練はいらない。試射をすませた身で合同訓練の日を迎えた。
同級生と談笑しながら訓練場に足を運ぶ。
他クラスの一年生が広場をにぎわせている。
騒々しい空間に見慣れない立ち姿があった。
「こんにちはドランギルトさん」
足を進める先で軍人の魔族が振り向く。
強面の顔に人なつっこい笑みが浮かんだ。
「おお坊主! 久しぶりじゃないか!」
大きな図体が足を前に出す。
相変わらずすごい迫力だ。体格差がありすぎて、そびえ立つ崖を前にしているような錯覚を受ける。
威圧感ある風貌とは裏腹に陽気な声が広場の空気を震わせる。
「どうだ学園生活の調子は? 坊主のことだ、順調愉快によろしくやっているのではないか?」
「そうですね。特進クラスで楽しくやってます」
「それは何よりだ」「ところで何故ドランギルトさんが学園に?」
「指導員として特別に招かれたのだ。そうだ聞いたぞ、坊主はクランシャルデの研究室に出入りしているらしいな」
「どうして知ってるんですか?」
「オレも奴の研究所に出入りしているからな」
「ドランギルトさんが?」
思わず目を見張った。
想像できない。ドランギルトさんが魔法の術式研究をしているなんて。
大丈夫か? その恵まれた図体で何個か機器を破壊していそうだけど。
「何だその顔は。ネメスの奴と同じ顔をしてからに」
「ロードメデブルクのことですか?」
「ああ。奴もオレが研究施設に通っていることを伝えたら、ちょうど今の坊主のような顔をしていた」
「それは感心したんですね」
「嘘をつけ。機器を破壊してないかこいつと顔が言っていたぞ」
すごい当たってる。
魔族は心を読めるんだろうか。
「でも驚きました。クランシャルデさんのチームに加わるほど術式に造詣があったんですね」
「坊主もネメスと同じ勘違いをしているな。オレは研究協力のために体を貸しているだけだ」
「体を?」
「ああ。坊主は俺がでかくなれることを知ってるな?」
「はい」
初めてシュバルさんたちと会った時、シュバルさんは巨大化して魔物のつがいと対峙していた。
「あれは俗に魔物化というんだが、オレを研究することで魔物化を規格化しようってことらしい」
「それはまた、とんでもない試みですね」
人間でもそれができるのかはさておき、そこら辺の魔族の生徒も巨大化するって考えると末恐ろしい。術式が汎用化したらどれほどの戦力になることか。
「開発成功の見込みはあるんですか?」
「今のところはないらしいな。まあクランシャルデのことだ、奴が生きている間に完成させるだろうさ」
それって何百年後なんだろう。俺が生きている間に完成させてくれないかな。
シュバルさんが教員に呼びかけられた。軽く別れのあいさつを交わして、去り行く大きな背中を見送る。
間もなく合同訓練の開始が宣言された。組ごとに整列してシュバルさんの発破を耳にする。
クラスごとに一対一でペアが組まれた。
リティアは例の魔族とペアを組んだ。いつになく真剣な顔で同年代と相対している。
リティアに渡した術式は単純明快。水と風属性の複合弾を放つだけの代物だ。
リティアは複合魔法を使う際に必要な魔力制御を苦手とする。
だったらその魔力制御を術式の方で終わらせればいい。
魔法出力こそ術式で指定されるけど、俺の目的は合同訓練の場でリティアを勝たせることだ。
訓練の場で魔法を使う際には、出力を抑える杖を持たされる。
だったら杖の出力上限と同程度の出力を指定すれば万事解決だ。
「始め!」
指導員による号令を機に魔法の撃ち合いが始まった。




