第43話
帰宅する前にクランシャルデさんからデバイスをもらった。
スキルビルダーの新型だ。コンパクトさは据え置きで、術式の編集能力がアップグレードされている。
これで今までできなかった調整もできるようになる。
とはいえ研究所の設備に比べれば性能は劣る。新しい術式を作るなら研究所に足を運ぶ一択だ。
いつまで中立国家にいるか分からない。最優先は闇属性の魔法の術式開発だ。
課題として挙げた補助魔法は、風魔法で体を飛ばすくらいにとどめた。
ヒントは研究開発室でインスピレーションを得た。
空気中の魔素を吸って回転を続ける魔力球。命令を変えれば色々なことができそうだ。
試さない手はない。学園にいる間はリティアに魔法を教えて、それに並行して作る魔法のコンセプトを考えることに努めた。
休日になれば研究所に足を運んだ。
当初は触われる情報に制限がかけられた。
俺は中立国家の外から来た。周辺国とは折り合いが悪いと聞くし、スパイの可能性を考慮して動くのは当たり前だ。研究者として生きるだけあって、彼らはそういうのに敏感なのだろう。
理屈は分かるから俺もそれに従った。
スパイかもしれないと警戒される中で、俺は新しい術式の開発に熱中した。
機器を好き勝手いじらせてもらえるほど信用されてはいない。あらかじめ実験のコンセプトや手順を書き記して、主任の許可を得てから研究開発室に足を踏み入れた。
装置を使う際には、必ず一人以上のサポーターがついた。使用方法を教えてもらって、研究チームの邪魔にならないように機器を使わせてもらった。
発案した術式が完成する頃合いには一定の評価が得られた。
新しく実験成果を提供したことで信用されたんだろうか。別の機器の使用許可を得られてできることが増えた。
研究チームのメンバーと交流する機会も増えた。
食堂で一緒に昼食を摂った。
研究の成果や進行具合を語り合って、読んだ論文のあれこれを共有した。
大学生として過ごした日々を思い出す以上に、何だかインターンシップじみている。仲間みたいに扱われて心地よかった。
充実した休日を送っての平日。
この日も放課後を迎えて図書室に足を運んだ。
「おい、その席譲れよ」
リティアが絡まれていた。
知り合いに絡んでいるのは見たことのある魔族だ。
この前は人間の女子に絡んでいた。魔族相手にもしっかりと横暴な態度を取るらしい。ちょっと安心した。
リティアがチェアから腰を浮かせた。
「ごめんなさい。席は譲ります」
「大体お前五組だろ? 図書室なんか使ってんじゃねえよ」
「まだ竜気取りか? 没落した水竜族の分際で」
うつむいていたリティアが顔を上げる。
水色の眉が逆ハの字を描いた。
「訂正して」
「あ?」
「訂正して。私をあなどるのはいいけど、水竜をばかにすることは許さない」
静かな怒りが図書室の空気を緊迫させる。
嘲り笑いがシンとした雰囲気を吹き散らした。
「お前身の程をわきまえろよ。スラム落ちした劣等が、過去の栄光にすがりつきゃがって見っともねえ」
「じゃあ試してみる?」
「あ?」
「試してみるかって言ったの。来週合同訓練がある。そこで決着つけるのはどう?」
「そんなもん、やるまでもねえよ」
「逃げるの? 臆病者。まあ水竜の私に挑むのが怖いのは分かるけど」
「ああ⁉」
怒鳴り声が室内を駆けめぐった。
まくし立てる口調が勝負の約束を取りつけた。魔族の集団が俺とすれ違って廊下に出る。
振り向くとリティアが歩み寄ってきた。
「というわけ。協力して」
どういうわけだよ、おい。




