第42話
棒をはさむように回る二つの球。これと似た物をどこかで見たことがある。
それはどこだったろう。ニーゲライテの屋敷か? それともフランスキーの屋敷?
違う気がする。そもそもこの世界で見た覚えがない。
この世界じゃないならどこで? そう考えてハッとした。
そうだ、これと似た動きを前世で見た。球体の旋回は、棒を惑星と見立てた時の衛星の動きにそっくりなんだ。
つまるところ惑星運動。それを可能としているのは――。
「重力ですか?」
クランシャルデさんが目をぱちくりさせた。
「あら、よく分かったわね。まさか当てられるとは思ってなかったわ」
クランシャルデさんが二つの球体を握って棒から遠ざける。
手が開かれた。
自由になった二つの球が、何事もなかったように棒の周りを旋回する。
「ニーゲライテさんの言う通りよ。二つの球体は運動による遠心力と魔法による重力を受けてる。その二つの力がつり合っているから運動が続いているの」
「面白い試みですね」
この世界に宇宙船の類はまだ開発されてないだろうに、よく疑似的な惑星運動を再現できたものだ。
そういえばアインシュタインも宇宙船より前に生まれてたっけ。この世界にもその手の学問がはびこっていそうだ。
「でもいいんですか? 重力を発生させているってことは、闇属性の魔法を使っているんですよね?」
「あなたそんなことまで分かるの? 教会は闇属性の魔法を禁忌としていると聞いたけれど」
「たまたま知る機会があったもので。できればこのことは内密にしていただけると助かります」
「それなら大丈夫。中立国家は信仰の自由があるから、人間が闇属性の魔法を研究しても異端審問にはかけられないわ」
「そうでしたか」
安全が保障されているのはありがたい。
一通り研究開発室を案内されて、最後はクランシャルデさんの研究室に足を運んだ。
いくつかデスクが設置されている。その天板の上には書類の山。日々実験の報告や予定を話し合う光景が目に浮かぶようだ。
「今日は誰もいないんですね」
「今は全員買い物に行ってるわ。そろそろ戻って来るでしょうけれど」
クランシャルデさんが告げた時だった。廊下に面するドアが開いて人型が顔をのぞかせる。
後ろにはタコじみた魔族の姿もあった。
「あれ、お客さんだ」
「所長、もしかしてその子が例の?」
「ええ。カムル・ニーゲライテさんよ」
おぉ、と感嘆の声が上がる。
彼らにどんな紹介をしたんだろう。ちょっと気になる。
「ここにいるってことは話がまとまったんですね?」
「もちろん。ここの設備を使わせるってことでまとまったわ」
「そうきたかぁ。てっきり金貨で来ると思ってたのに」
「俺の勝ちだなザッキー。ジュースおごれよ」
「子供で賭け事しないでよ。私の品格まで疑われるじゃない」
仲よさそうな雰囲気だ。人間と魔族が一つのチームとして仲間意識を持っている。
よかった。俺が思い描いた中立国家の在り方はちゃんとここにあったんだ。
チェアを勧められて腰かける。
菓子とお茶を口にしながら術式の話に入った。
元は風纏から始まったこと。
対の属性をぶつけるアイデアは、エンシェントドラゴンとの交戦がきっかけになったこと、
他にも万能反射装甲を作る過程で歩いた軌跡を事細かに話した。
「すごいな。当時の年齢でそこまで複雑な思考ができたのか」
「君みたいな人を神童と言うのだろうね」
賞賛の雨が気恥ずかしい。真顔で言ってくるから照れくさくて仕方ない。
一通り話をして、俺は万能反応装甲の成り立ちについて論文形式でつづった。
紙に書き終えて一度外に出た。彼らの前で万能反応装甲を披露した。
研究チームの人たちが驚きを示したのもつかの間。すぐに研究者としての顔が並んだ。
観察されるモルモットの気分になったけど、彼らも本気なんだってことがうかがえてうれしくなった。
研究室内に戻った後はバーベキューに誘われた。彼らがすませた買い物はバーベキュー用の肉だったらしい。
せっかくだから参加することにした。一緒に道具を庭園に運んで、持ち込んだバーベキューセットを組み立てた。
肉を焼く音と香ばしい匂いが広がる。
リラックスした雰囲気の中で談笑が始まった。夢の話から俺の将来についての話題が広がる。
一緒に魔法の研究をしないか? そう誘われて胸の奥が温かくなった。
将来は魔法を研究する職に就くのも悪くない。




