第38話
クランシャルデさんはあれから接触してこない。
無理やり迫って交渉を破談にされたくないのだろう。彼女にとっての叡智とは、それだけ価値のあるものらしい。
好感が持てる振舞いだ。
以前話した時は報酬を受け取るべきだと力説していたし、俺の成果物にしっかり価値を見出してくれている。
家族や他の貴族は、爵位や勲章といった俺の肩書きしか見てくれなかった。
作った物を褒めてくれたのはクランシャルデさんが初めてだ。こうして見ると、魔族の方が俺をよく見てくれている気さえする。生まれが特殊だから俺の感性は魔族寄りなんだろうか。
またクランシャルデさんと話したい。
そのためには報酬を決めなきゃいけないけど、今は他にやるべきことがある。
まずは実習で得たインスピレーションを形にする。
人間の俺にハーピィほどの身体能力はない。
でも万能反射装甲だけに防御を任せるのは危険だ。意図しない攻撃方法で突破される可能性は大いにある。
そういった敵を前にした時のために備えておきたい。
その一歩が術式の提供だ。クランシャルデさんとの取引は術式の脆弱性をあぶり出すためでもある。
でもどうアプローチすればいいんだろう。
前世で見た漫画のキャラはジェット噴射で動いてたけど、同じことをしたら間違いなく体がいかれる。
氷や岩で体を補強するか?
駄目だ。表面を補強したところで、体内をめぐる血液や体組織が慣性に耐えられない。下手をすれば自分の魔法で失神する羽目になる。
はてさて、どうしたものか。
「カムル」
落ち着きのある声を耳にして思考を中断する。
水色の髪をたずさえた美貌があった。
「約束通り来た。魔法教えて」
「ああ、いいよ」
複合魔法はあつかいが小難しい。異なる属性をあつかう都合上、どうやっても二つ属性の出力を調整する過程が入るからだ。
俺が思うに、魔族という種族はその調整に不向きだ。
魔法出力は目を見張るものがある一方で、魔力の繊細な使い方に難がある。そのせいか技術が集約された地味な魔法よりも、無駄の多いド派手な魔法を好む。それが魔族に共通する認識だ。
だから評価がちぐはぐになる。
二属性以上の適性があるのに、一つの属性しかあつかえない魔族よりも活躍できない事態が起こり得る。
「いっそ魔法の出力を抑えたらどうだ?」
「やだ」
「複合魔法なら少しくらい出力抑えてもそれなりの威力に」
「やらない」
そして頑固だ。
これは人間にもある特徴だけど、魔族は我の強い個体が多い。強い力を有しているから傲慢になりやすいのかもしれない。
「よしリティア、俺と模擬戦しよう」
「模擬戦? どうして」
「言葉で教えるよりも見せた方が早いと思ってさ。申請すれば実習場を使わせてもらえるんだろ?」
「うん。でもカムルは特進クラスだよ? 私に勝てるわけない」
「もちろんハンデは上げるよ。俺は出力を制限する杖を使う。リティアはプロテクターだけつけてくれればいい」
「見くびってる?」
紫色の瞳がすぼめられる。実力が劣ると自覚していても見下されるのは嫌らしい。
俺は違うと否定すべく口を開く。
やっぱりやめてニッと口の端をつり上げた。
「ばれたか。言うこと聞かない生徒をくやしがらせたかったのに」
「いいよ、その挑発に乗る。カムルぎゃふんと言わせる」
リティアが体の前で両の拳をぎゅっと丸める。
ぎゃふんって今日日聞かないなぁ。人間と魔族じゃ言語の流行り方も違うんだろうか。




