第37話
質問攻めから解放されて教室に戻った。
いつも通りの座学を経てお昼休みを迎えた。
ハーピたちと食堂へ向かうべく椅子から腰を上げる。
実習を担当した教師が廊下から顔を出した。
「ニーゲライテさん。ちょっといいかい? 君に来てほしいところがあるんだ」
「分かりました」
級友に話をつけて、一人ハッシュ先生の後に続く。
長い廊下を進むにつれて人の気配がなくなる。
ハッシュ先生が高そうなドアの前で足を止めた。手首をひるがえして三回ノックする。
「どうぞ」
ドアの向こう側で女性的な声が上がった。
ドアが開いて室内の内装をのぞかせる。
シックな様相の椅子に華奢な人影が腰かけていた。整った顔立ちが不敵な笑みをたずさえている。
桃色の長髪に赤い目。
頭に角こそ生えているものの、様相はパーピよりも人間に近い。甘めなカラーリングが紫の衣装で締まって見える。スタイルもいいから気後れしそうだ。
「失礼いたします。カムル・ニーゲライテを連れてきました」
「ありがとうございます。ニーゲライテさんと二人きりで話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「承知いたしました。どうぞごゆっくり」
ハッシュ先生が部屋を後にする。
あらためて魔族の女性と向き直った。
「初めまして。特進クラス所属のカムル・ニーゲライテと申します」
「礼儀正しい人間は好きよ。私はサリフィ・ドーラ・クランシャルデ。中立サバン魔法学園魔法部の特別顧問をしているわ」
「魔法部?」
「魔法を研究する部活動よ。まあそっちはどうでもいいの。私はそれと別にもう一つ肩書きを持っていてね、最新の魔法を研究開発する立場にあるの」
「最新の魔法ですか」
中立国家の最新鋭を走る研究者か。そんな人が俺に何の用だろう。
クランシャルデさんが表情を引きしめた。
「単刀直入に言うわ。あなたが実習に使ったオートカウンターの魔法、その術式を提供してほしいのよ」
「万能反応装甲の術式を?」
思わず目を丸くする。
提供を求められたってことは、俺の術式の価値が認められたと考えていいはずだ。
胸の奥がぽかぽかと温かい。
「もちろんタダとは言わない。叡智を提供してもらうんだもの、それに見合う報酬を用意させてもらうわ」
「そんな、いいですよ報酬なんて」
「駄目よ。一人無料で提供したら、以降の人も無料で提供する流れができてしまうわ」
「同調圧力ってやつですか」
「そういうことよ。それで、あなたは何か欲しいものはある? 言い値を支払わせてもらうわよ」
「と言われても、お金はあればあるほどいいですからね。いきなり言われても額が思い浮かばないと言うか」
「まあ確かに急だったわね。次の機会までに考えておいてくれると助かるわ。ところで、あなたに術式編集の術を教えた師はいるのかしら?」
「いえ、術式の構築は独学です」
「あらそうなの? それはすごいわね」
クランシャルデさんがチェアから腰を浮かせて歩み寄る。
名刺入れから一枚のカードが引き抜かれる。
差し出されたのはクランシャルデさんの名前が記された名刺だった。
「いつでも連絡して。優秀なあなたからの連絡なら大歓迎よ」
「ありがとうございます」
表情を繕って名刺を受け取る。
面と向かって優秀とか言われると照れくさい。クランシャルデさんは恥ずかしくならないんだろうか。
俺は一礼して部屋を後にした。




