第36話
実戦形式の実習があるらしい。
魔族はもちろん人と戦った経験はない。
まさしく未知の領域。心を弾ませながら実習場に足を運んだ。
暇な時間にスキルビルダーを使って術式をいじった。
実戦形式となれば当然相手は攻撃してくる。
手加減はしてくれるだろうけど人の体はもろい。
前世でもスポーツの事故で死人が出るケースは後を絶えなかった。当たりどころによっては手加減ありきでも十分に死ねる。
備えはしておいた方がいい。万能反応装甲の術式を複製して、出力を弱めたものを組み上げる。
「ニーゲライテさん、何してるの?」
作業を止めて振り向く。
クラスメイトのハーピさんだ。外見年齢は俺と近いのにギャルじみた空気をまとっている。
顔も人間味があるけど、翼と鉤爪で飾られた両腕が魔族であることを教えてくれた。
「実戦形式の実習をやるって聞いたから、それに適した魔法を作ってるんだ」
「人間って色んな物を生み出すよねー。その魔法しかり、デバイスしかりさ」
「魔族は違うのか?」
「私たち魔族にはこれがあるから」
鉤爪がかざされる。
鉤爪がある、って意味じゃないんだろうなこれは。
「魔族ってやっぱり身体能力高いのか?」
「人間と比べればそうだね。半端な相手なら引っかくだけで終わっちゃうから剣や魔法はいらないの」
ハーピィは翼を使って空から奇襲をかける。
飛びながらの魔法は命中率に難がある。
何より魔法は修得に知識と時間がかかる。
そこまでするくらいなら身体能力を活かした戦法を磨いた方がいいのだろう。
「でもここ魔法学園だよな?」
「魔法にも色々あるでしょ? 補助として使えば私はもっと強くなれる。例えば魔力を固めて爪のリーチを伸ばしたりね」
鉤爪から赤い光が伸びる。
前世には剣道三倍段という言葉があった。リーチは長ければ長いほどいい。
魔力爪の殺傷能力がどれほどかは知らないけど、確かにそれなら戦闘能力は上がりそうだ。
「補助か」
攻撃でも防御でもない第三の選択肢。
人の体は魔族と比べて貧弱だ。ちょっとした爆発で腕や脚が吹っ飛ぶ。
強化する意味はないと思っていたけど、この際だし検討してみるか。
言葉を交わす間に教師がやってきた。名簿順に並んであいさつを交わす。
プロテクターのような物を配布された。
中立国家の技術が詰め込まれている代物らしい。
衝撃を吸収するだけでなく、魔法による攻撃の威力も緩和する。正直ちょっと欲しいと思った。
人間の俺には杖を渡された。
魔法の出力に上限をかける代物のようだ。こんな物があるなら術式をカスタマイズする必要はなかったな。
早速ペアが構成された。
諸君の実力を見たい。
そう告げた教師に応えて同級生と相対する。
俺の相手は先程のハーピィだった。
陽気なあいさつを経て、すらっとした体が地面を蹴った。
あまりにも直線的な動き。魔法を放つべく杖の先端を向ける。
細身が視界の上に消えた。
「なっ⁉」
驚きの声に遅れて風が髪をそよがせる。
魔法で上昇気流を起こして飛翔した。それを悟ってバッと見上げる。
半人半鳥の体が再び視界の上に消えた。
「いただきっ!」
頭上で衝撃音が鳴り響いた。
万能反射装甲が反応した音だ。
「きゃあっ⁉」
背後からかかと落としをしたはずのハーピィが吹っ飛ばされる。
教師がぽかんとして、すぐに試合を中断させた。
「ニーゲライテ君。君はハーピさんを見失っていたはずだが、どうやって反応したんだ?」
「俺が反応したわけじゃありません。魔力センサーがハーピさんの動きに反応したんです」
「何だそれは、聞いたことのない原理の魔法だな。最近開発された魔法か?」
「いえ、もっと小さい頃に自分で作りました」
「自分で作っただと⁉」
周りが騒然とした。人魔族問わず俺に視線を殺到させる。
「信じられん。君はまだ十代後半にすらなってないだろう」
「そうですね」
でも頭脳は大人だし。
なんて言うわけにもいかない。適当に愛想笑いしておこう。
クラスメイトが駆け寄った。
どうやって魔法を作った?
何から着想を得たの?
入学式を思わせるにぎわいが場の空気を満たす。
止めるべき教師もクラスメイトに加わって、もはや実習どころじゃなくなった。




