第32話
夜が明けて森が活気を取り戻した。
馬車が走っているもののスタンピートの源は見えない。
種族入り交ざったスタンピードなんてそうそう起こらない。
それが短期間で二回も起きた。何かから逃げてきたと考える方が自然だ。
最初に遭遇したスタンピードは少し危なかった。余裕がある内に原因を取り除かないと胸の中がすっきりしない。
進む内に御者にごねられた。
元々中立国家に向かう予定で話をつけていた。何時間もルートから外れた道を進んでくれただけありがたい。
フランスキー伯爵領から大分進んだ。非常食も用意してあるし、ここからなら徒歩で行けなくもない距離だ。
俺は馬車を降りた。騒々しさと揺れから解放されて徒歩での移動に励む。
のどかな自然を楽しめたのも最初だけ。だんだんだれてきて引き返す選択肢が頭の中に浮上する。
報酬が約束されているわけじゃないんだ。ここまでやればもう十分だろう。
リュックを降ろしてクッキーを手に取る。
食べ終わったら引き返そう。
そう思ってもぐもぐしていると爆発音が鳴り響いた。
反射的に息を呑む。
胸の奧がぎゅわっ! とむずがゆくなった。
「ごほごホッ⁉」
変なところに入った!
ひときしりむせて、恨みがましく原因がある方向を見据える。
いやしの甘味タイムを邪魔したツケを払わせてやる。
苛立ちに身を任せて地面を蹴る。
高台に出た。下方にある爆音の原因を目の当たりにして思わず立ち尽くす。
「な、何だこりゃ」
三体のでっかい魔物がいた。
体をぶつかり合って大きな音を響かせる。
大きな岩を投げて木々を倒す。
時には大きな口から紅蓮の炎を吐き出す。
争いの規模が今までと違う。どの攻撃も人相手なら一撃でバラバラにするだけの威力がある。
これがスタンピードの原因。
直感的に察したけど体は動かない。
原因を取り除くために足を運んだけど、これは今の俺にどうにかできるんだろうか。
落ち着け。
まずは冷静に状況を分析するんだ。近くの樹木に身を隠して様子を見守る。
三体の魔物は入り混じって争っている。
観察する内に思い違いに気づいた。
一対一対一じゃない。これは一対二の勝負だ。
体が緑色を帯びた二の方は形状が似ている。角がある個体とない個体。
これはつがいだろうか。
「もうやめろシュバル! これ以上は時間の無駄だ!」
離れている箇所に人間がいた。
ざっと見て数十人いる。声を張り上げたのは、先頭にいる白い鎧を着込んだ男性のようだ。
「そういうわけにはいかない! 放っておいたらいずれ人間に狩られてしまう! 彼らを助けられるのはオレたちしかいないんだ!」
思わず目を見張った。
声を発したのは一対二の一の方だ。明らかに言葉をしゃべっている。
人間と言葉を交わす魔物。
仲間を思わせる人間と魔物。
そしてつがいの魔物を守ろうとする発言。
まさか、あの集団は中立国家の?
「がんこ者め! こうなったら魔法で無力化するしかないか」
「できるのか⁉」
「できん! せめて雷属性の魔法を使える魔法師がいれば」
どうにかなる。
そんなニュアンスを感じ取って、俺は深く空気を吸い込む。
「俺、雷属性の魔法を使えます!}
鎧を着込んだ人影がいっせいに俺を見上げた。
「誰だ? いつからそこに?」
「俺はカムルです! ついさっきここを通りかかりました!」
「先程雷属性の魔法を使えると言ったが本当か?」
「本当です!」
「あい分かった! 我が名はロード・メデブルク! メデブルク伯爵としてジマルベス王に仕える者! この部隊を率いる指揮官として貴君に協力を要請する! 私が合図をしたら緑の魔物に対して雷属性の魔法を使ってくれ!」
「分かりました!」
ロッドを構えて合図を待つ。
説得を続けているのか、黒い魔物が緑の魔物に対して呼びかける。
返答は体当たりだった。
黒い巨体がズザザザザッ! と土の地面に軌跡を残して遠ざかる。
「今だ!」
白い鎧を着込んだ男性が声を張り上げた。
俺は用意しておいた雷属性の魔法を行使する。
緑の魔物の頭上でスパークが散る。
音が気になったのか、緑の魔物が足を止めて空を見上げる。
スパークを散らすのは、一度は見限った雷属性の魔法。標的が大きければ誘導は容易だ。
ダメ押しに土属性の魔法で魔物の足場を押し上げてやった。
絶叫が響き渡った。雷に突っ込んだ魔物が体を震わせて地面にくずれ落ちる。
武装集団が歓声を上げた。




