第31話
「魔物の群れが消えた、か」
フランスキー伯爵の屋敷。その執務室にて報告が行われている。
礼服の男性が言葉を続けた。
「はい。魔物の動きを確認してフランスキー領に戻ったものの、報告してから引き返すと魔物が消えていた、とのことです」
「魔物が進路を変えた線はないのか?」
「おそらくその線はないかと存じます。進路を変えたならば足跡が残っているはずですが、現場にそういった痕跡はございませんでした」
「ではたまたま通りかかった猛者が殲滅した、ということになるのか?」
「戦闘が行われた痕跡もございませんでした。つじつまを合わせるなら、魔物に抵抗も許さず鏖殺したことになります。そんな所業は最高ランクの冒険者でも困難でしょう」
「魔法で一掃すれば可能だろう」
「先程おっしゃったように戦闘の痕跡はなかったのですよ? 既存の魔法ではどうやっても地形に跡が残ります。それこそ殲滅後に意図して痕跡を消すしかないでしょうが、それだって違和感が残るものです」
「だろうな」
フランスキー伯爵が窓の向こう側に視線を向ける。
魔物の殲滅をなした人物に心当たりはある。
置き手紙を残して屋敷から消えた天才少年。
彼なら魔物を一掃するのは容易だ。
屋敷を出たと推測される時間帯も魔物が消えた時刻と合致する。
証拠も残さず魔物を消し飛ばした方法は分からない。
しかしカムル・ニーゲライテなる少年は、術式の改造に長けていると聞く。
とんでも魔法を作り出していても不思議はない。
「惜しいな」
「惜しいとは?」
「こっちの話だ。もう下がっていいぞ」
「承知いたしました」
男性が一礼して執務室を後にした。
フランスキー伯爵が小さくため息を突く。
上手くいくと思ってカムルを屋敷に住まわせたわけじゃなかった。それでも落胆を禁じ得ない。
カムルはニーゲライテの屋敷を捨てて流浪している。
家族相手にも所在を知らせていない辺り、ニーゲライテの名前を捨てるつもりで家を出たとみて間違いない。
その立ち回りは社交界とのつながりを絶つに等しい。
カムルならいい嫁ぎ先が見つかるだろうに、何なら婿養子に迎える未来をちらつかせたというのに自らフランスキー領を出た。
爵位ではカムルをつなぎ止められない。
娘には酷だが、これは運命だったのだろう。
廊下につながるドアが三回ノックされた。
「入れ」
ドアの隙間から愛娘が顔を出す。
大きな目がうるんでいる。小さな手には手紙が握られている。
「お父様、カムルがいなくなっちゃった」
「そうみたいだね。私にも手紙をくれたよ」
「私、カムルに何かひどいことしちゃったかな?」
「そんなことはないさ。単にカムル君には貴族としての生き方が合わなかっただけだよ」
ラピアに歩み寄ってそっと頭をなでる。
ぐすっと鼻をすする音が鳴った。
「なんだ、泣いているのかい?」
「泣いてない」
「泣いてるじゃないか。もう会えなくなるわけじゃないんだから、そんなに悲しむ必要はないよ。もし再会することがあったら、その時はカムル君を離さないようにすればいいさ」
ラピアが顔を上げる気配がして髪から手を離す。
小さな手が目元のしずくをぬぐった。
「分かった。私、もっと積極的になる」
「そうだその意気だ」
ラピアはひかえめなところがあった。もうちょっと積極的に行けばいいのにと思ったことは何度もある。
カムルのことは残念だが、これはラピアの内気を治すいい機会だ。
ラピアが体の前で両の拳をぎゅっと丸める。
「次会ったらもう離さない。がんばって責任とらせる」
「せ、責任?」
愛娘が意気込む。
何やら妙な方向に気合を入れている。
でも多少活発になるのはいいこと、だと信じたい。




