第30話
夜の内にフランスキー伯爵の屋敷を後にした。
闇夜に紛れて街中を走った。手配しておいた馬車に乗り込んでフランスキー伯爵領にさようならを告げる。
舗装されていない土の地面。辺りを魔渡すと夜闇にぬれた樹木が並んでいる。
垂れ下がる枝葉もあいまって、おいでおいでと手招きする幽霊みたいだ。幽霊を世界で初めて描いた人は、きっとこれを見てひらめいたに違いない。
異変に気づいた。馬車を止めさせて一人土の地面に靴裏をつける。
耳を澄ませると地響きが聞こえた。
一つじゃない。数十がいっせいに地面を踏み鳴らしている感じ。
馬車の人を待機させて、十分待って戻らなかったらフランスキー伯爵領に戻るよう告げた。
御者の了承を得て、一人迫りくる足音に向けて走る。
妖精の眼! 念じながらまばたきする。
前方に薄暗い光がうごめいている。雑多にうねってばらついている。
すごい数だ。数か月前に遭遇したスタンピードを想起させる。
想像に違わず、姿を現したのは魔物の群れだった。ゴブリンやオークなど種類問わず地面を踏み鳴らす。
フランスキー伯爵領に戻るのが最善だ。
冒険者や騎士交えて迎撃する。それが一番安全で勝率が高い。
でもそうするとフランスキー伯爵に俺の存在がばれるかもしれない。鎮圧に何時間かかるか分からないし、その間に接触されたら面倒だ。
ここは第二の選択肢。周りを見渡して人影を確認する。
人影なし。嘲笑する小宇宙を宙に向けて構える。
「黒虚洞」
夜空を背景に真っ黒な球体が浮かび上がる。
それが光の粒を吸って膨張を始めた。
妖精の眼を持つ俺には光が見えるけど、他の人間がいたら黒い球体が勝手にふくらんだように見えるだろう。
球体の下に魔物の群れが通りかかる。
球体からいくたもの腕が伸びた。魔物の頭をわしづかみにして一体、また一体と内側に引きずり込む。
ボコンと黒い球体が一回り大きくなる。
ゴブリンメイジとの一戦からずっと闇魔法の研究をしてきた。
その甲斐あってゴブリンメイジが放った魔法は再現できた。
岩壁を消し飛ばしたあの一撃。
あれはそう見えただけで、実際は当たった箇所を圧縮して小さい瓦礫に押し込めていただけだった。
面白いのは、その引力が魔力にも通じる点だ。
魔力を感知してつながりを作り、引力で内側に引きずり込む。それが黒虚洞の原理だ。
前世のブラックホールと同じなら完全に分解されて基本的な素粒子レベルまで崩壊するけど、この魔法にそこまでの出力はない。呑まれた魔物がどうなるかは要検証だ。
「さて、戻るか」
馬車の元まで引き返した。
魔物が逃げた旨を伝えて再度馬車を出発させる。
魔物の大移動が連続するのは不自然だ。
フランスキー伯爵には恩があるし、何が起きてるのか確かめてみるか。




