第29話
「分かった。少し歩こうか」
「ありがとう」
ラピアが儚げに微笑む。
初級魔法師の資格を得た時よりも嬉しくなさそうだ。
肩を並べて中庭へと足を踏み出す。
枝葉の壁じみた生垣に赤や黄色の花。父の屋敷にあった庭よりも丁寧な作りをしている。
中立国家ジマルベスに貴族のツテはない。きれいな中庭も当分見納めか。
「思えば、こうしてカムルと中庭を歩くのはこれが初めてですね」
「そうだね。元々植物に興味がある方じゃないから」
ニーゲライテの屋敷を出る際に薬草のことは調べた。
その一方で効能のない植物に関してはからっきしだ。中庭に植えてある花の名前なんて半分も知らない。
ラピアが人差し指の先端で黄色の花を指し示す。
「あれはサフラというお花です。もう少しすると大きく開いて香りが強くなるんですよ。そのとなりにある赤い花がサギラ。花粉も真っ赤で、蜜を吸いに来た虫さんが真っ赤になって面白いんです」
その他聞き慣れない花の名前を告げられる。
聞いてもないことを延々と語られて思わず苦笑いした。
「ラピアは花好きだよね。久しぶりに会った時もハーブについて熱く知ってたし。でもごめん、俺に花の知見はないから上手い返しができないんだ。次からは趣味の合う人と話すといいよ」
ラピアがゆっくりと首を左右に往復させる。
「他の誰でも駄目です。私はカムルと話したいんです」
「どうして?」
「私のことを、少しでも長く覚えていてほしいからですよ」
息が詰まった。
まさか俺が出て行くことがばれたのか?
動揺を呑み込んで平静を装った。
「面白いことを言うね。まるで俺がどこかに行っちゃうみたいじゃないか」
「そうですよね。変なことを言ってすみません。でもカムルを見ていると時々不安になるんです。私じゃない何かを見ているみたいで、目を離すと風に乗って飛んでいきそうで」
「詩人だね」
「私は真面目に話しているんですよ」
ラピアがぷくーっとほおをふくらませる。
失礼とは思いながらも小さく笑ってしまった。
左肩にぱしっと軽い衝撃が走る。
「俺たち仲良くなったよな」
「嫌味ですか?」
「違う違う。知り合った当初は、俺が何を言っても叩かなかっただろうからさ」
「きっとカムルの影響ですね」
「そうか?」
「そうですよ。以前の私は男の人を叩くなんてことできませんでした」
「俺は人を叩くようなアグレッシブ人間じゃないぞ?」
「でも必要な時以外は構ってくれなかったじゃないですか。だから私も自分から叩きにいかなきゃと思い至ったんです」
「そんな親の気を引きたい子供じゃないんだから」
変な笑いが出る。
ラピアはレベッカと違ってお淑やかな令嬢といった雰囲気だったのに、これじゃ前世の学校でたわむれた女子と変わらない。
ああなつかしい。
確か名前は花子だったっけ。中学生時代にできた人生初の彼女。髪を切って登校したら「え、誰、別れて?」って言われてふさぎ込んだのを覚えている。
嫌なことを思い出しちゃった。
ついさっきまで面白可笑しい気分だったのに最悪だ。
「いつかお花を観に行きましょう」
「ああ。機会があったらね」
その機会があるかどうかは分からないけど、とりあえず口だけ約束しておいた。




