第23話
久しぶりな屋敷での生活。
それはとても甘美なものだった。きれいな内装の部屋で朝を向かえて、香り豊かな紅茶で目を覚ます。
朝食も肉や卵が並ぶ。スープは熱々でコクがあるし、パンも宿の食堂で食べるものよりふかふかだ。
衣服は仕立ててもらった。
貴族の子息が着そうなイメージ。値段が張る品なのは一目で分かった。
料金を払おうとしたら拒否された。
娘のお願いを聞いてくれたからってことだけど、タダより怖いものはない。リーゲライテ領を出た理由も聞かれなかったし、後日何かを要求されるんじゃないだろうか。
ともあれこれでよかったのかもしれない。
伯爵子女に物を教えるんだ。下手な服装で前に出るのは非礼に当たる。
迎えた家庭教師としての勤務初日。俺は口元を引き結んで手首を裏返す。
ラピア嬢に会うのは久しぶりだ。
まずは軽くあいさつして談笑した方がいいんだろうか? それとも仕事に徹して事務的な対応を心がけるべきか?
「どうしてドアの前で立ち止まっているんですか?」
ドアの向こう側から声を上がった。
ばれていた。その気恥ずかしさで耳たぶが熱くなる。
素早くノックをすませてドアを開けた。ハーブの匂いに包まれてラピア嬢の私室に踏み入る。
「久しぶりですねラピアさん。元気そうで何よりです」
「カムルさんもお元気そうですね。私のことはラピアでいいですよ? これからカムルさんの生徒になるわけですし」
「生徒でも立場が違います。俺はリーゲライテの名前を捨てました。もはや貴族ですらありません。平民の身で対等にというわけにはいきません」
幼い顔立ちがむっとした。
「カムルさんは大人みたいなことを言うんですね。同い年なんですから丁寧な言葉遣いはいりませんよ?」
「しかしですね」
「いらないんです」
ほおが小さくふくらむ。
子供っぽい仕草を前にして苦笑がこらえきれなかった。
「どうして笑うんですか?」
「いや、君って結構頑固何だなぁと思って」
「頑固⁉ ち、違うんですよ? わたし普段はもっと大人しくてですね!」
ラピアがあたふたする。
このまま語っていても話が進まなそうだ。
「分かったよ。これからよろしく、ラピア」
小さな顔がパッと明るくなった。
「はい! カムル、今日からよろしくお願いしますね!」
空気が和やか。あいさつはうまくいったみたいだ。
では改めて授業といこう。




