第2話
物心ついた時には体が縮んでいた。
五歳くらいだろうか。俺は貴族の子供だった。
名はカムル・ニーゲライテ。ニーゲライテ男爵の三男だ。
俺が知ってる日本とは技術レベルが違う。植物や動物も見慣れないものばかりだ。
本当に異世界に転生したらしい。あの人は本当に神様だったのだろうか。
この世界は生活レベルが低い。
もちろんスマートフォンなんて存在しない。暇潰しの道具は本くらいだ。
その代わり使用人がいる。メイド服じみたものを着用した女性が家事をする。
貴族の特権だけど、幸い俺は貴族の子息に生まれ付いた。面倒なことは大体彼女らが引き受けてくれる。
それがこの世界の当たり前。使用人が何かをしても、それに対してお礼を告げる貴族はいない。
でも日本で暮らした経験のある俺は反射的にお礼を口にする。
使用人の少女は驚いていた。おそれ多いなんて言いつつも、そのあどけない表情は嬉しそうにほころんだ。当たり前でもお礼を言われるのは嬉しいんだろう。
この世界には魔法がある。
魔法は誰にでも使えるってわけじゃないようだ。
超常的な現象は神の奇跡とされて、魔法の才能を持ち得た者は神に選ばれたと認識されるのだとか。
基本的に貴族は魔法を使える。
当たり前だ。魔法を使える血筋が絶えないように他の貴族と許嫁を定める。
魔法は使えて当たり前。物心ついてすぐに家庭教師をつけられた。
やたらと若い女の子だ。
彼女の名前はレイシア。五十年以上生きているって話だけど、エルフの中では若者らしい。
どう見ても十代の少女にしか見えない彼女が水晶をかざした。
それは魔導具らしい。手の平をかざすことで、水晶がその人に合致する属性の色を発するらしい。
レイシアの指示で透明な球体に手のひらをかざす。
水晶が虹色を発する。はしゃぐ陽キャの上で回るミラーボールのようにまぶしい。
レイシアが目を見開いた。
「虹色⁉ すごい! 初めて見ました!」
「これすごいんですか?」
「すごいなんてものじゃないですよ! 百年に一人と言われるほど希少なんですから!」
レイシアが興奮した口調で語り出す。
魔法の才能がある人でも普通は一色らしい。虹色は全属性の才能を持ち得た証なのだとか。
レイシアがそんな言葉を残して廊下に飛び出した。
すぐ両親に伝えるべき案件とのことだけど、俺はこの世界についてよく知らない。一人部屋に残って教科書のページとにらめっこした。
程なくしてレイシアが戻ってきた。
両親も一緒だった。
すごいぞカムル! 自慢の息子! そんな言葉を残して去って行った。
レイシア先生が一人はしゃいだことを謝罪して本を開く。
最初は文字の読み書きだ。寄ってくる大きな谷間や太ももがノイズだったけど、それらを振り払うように集中した。
ある程度読み書きを習得したのち、魔導書の読み解きに取りかかった。
本のページに記されているのは初級魔法ばかり。さすがにいきなり破壊光線みたいな魔法は教えてもらえないようだ。
魔法を使う際には詠唱が必要とされる。
面白いのは、ただしゃべるだけじゃ魔法が発動してくれないことだ。
詠唱を経て魔法のイメージをふくらませて、魔力をもってそのイメージを現出させる。口上や詠唱はイメージを注ぎ込む補助装置のようなものらしい。
人前で詠唱は恥ずかしい。
この世界の人は大真面目にやるみたいだけど、何なら若い頃の俺もノリノリでやってたけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
口上なしで魔法を使えないものか。
試しにやってみたらできた。手の平から発生した風が室内のカーテンを揺らして、レイシア先生が目を丸くした。
「う、嘘でしょ⁉ 初級魔法の修得だって普通は一年かかるのに、それを無詠唱で⁉」
次の瞬間にはすごい! おめでとう! と拍手された。
あまりに褒められるものだから話を聞くと、詠唱なしで魔法を使える人は今まで確認されたことがないのだとか。
ほんとかよって思った。
でも想像力の強弱で考えれば当然かもしれない。
この世界は娯楽は貧しい。
アニメどころか漫画すらない。平民は文字の読み書きすらできないし、貴族の娯楽もほぼ演劇一つだ。
そんな環境で想像力をきたえろと言っても無理がある。俺が人類初の無詠唱魔法に成功したのは必然だったわけだ。
偉業、神童。レイシア先生がまるで自分のことのように喜んでくれる。
嬉しいんだけど、さすがに照れくさいからそろそろやめてほしいなぁ。
読んでいただきありがとうございます。
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