第19話
「カムルが、消えた?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
私以上にカムルの家族が慌てふためいている。
特にニーゲライテ家長男と当主の慌てようったらなかった。顔を青ざめさせて、どうしようどうしようとブツブツ言っている。
どうすればいいか分からないのは私も同じだ。
私はカムルとの仲を戻せとお父様に命じられていた。カムルにチャンスをもらって、自分なりに努力をしてきたつもりだ。
でもカムルはどこか一線を引いていた気がする。
裏切った私にも微笑を絶やさなかったけれど、心の内ではずっと不満をためこんでいたんだ。
捨てられて当然。そんなことを思う自分がいた。
私はニーゲライテ家の当主にお願いしてカムルの部屋に入らせてもらった。
どこかに置き手紙くらいはあるかもしれない。
あるとすれば、それにはきっと私に向けた恨み言がつづられているはずだ。私にはそれを見る義務がある。
カムルの部屋は整理整頓されていた。
客人をむかえる宿みたいだ。聞けば、まだ使用人には掃除をさせていないという。
とても私と同い年とは思えない。掃除なんて使用人がやって当然と思っているし、お父様もそれが普通と告げていた。
でもこうしてきれいな部屋を眺めると、これが正しい在り方なんだと見せつけられているみたいで恥ずかしくなる。
ニーゲライテ家当主から許可を得て部屋を物色する。
置き手紙はすぐに見つかった。左胸の奧から伝わる鼓動を聞きながら、ニーゲライテ家の二人と文面を視線でなぞった。
私は目を見張った。
手紙には私たちに対する恨み言なんて一文すらも記されてなかった。
それどころか、私やニーゲライテ家の面々を気遣う文面やお父様への牽制が行われていた。
私との婚約は破棄されたものの、ロールレイン家とのつながりを絶つつもりはありません。
いずれ再び道が交わる時もあるでしょう。その時まで家族やレベッカが息災であることを祈ります。
こんな内容が記されていたら、お父様も私たちを無碍にはできない。
カムルを一番評価していたのはお父様だ。
カムルとのつながりを修復することを考えれば、機嫌を損ねる可能性がある行動は取れない。そこまで考えてこの置き手紙を残したに違いない。
なんて優しい人なんだろう。
思うと同時に、強い罪悪感が泉のごとくわき上がる。
ここまでしてくれた人に、私はなんてことをしてしまったんだろう。
浮気の咎を作って婚約破棄した。
名誉を得たと知るや縒りを戻そうとした。
カムルから見て、私はさぞ醜い女の子だったに違いない。
胸の奥からムカムカしたものが込み上げる。
この感覚は何? 生まれて数年覚えたことがない。
ただ、このままは嫌だと胸の内が叫んでいる。
カムルに醜い女の子と思われたまま終わりたくない。
衝動に身を任せて馬車に乗り込んだ。御者に指示してニーゲライテの屋敷を後にする。
ずっとわがままに生きてきた。
使用人には無茶なことを言って、嫌いな習いごとは半端にすませて家庭教師を困らせてきた。
それじゃだめだ。今までの私と決別するには変わらなきゃいけない。
今日からは真面目に生きよう。
苦手な習いごともしっかり取り組んで、カムルみたいな優しい人になろう。
もうカムルを見返すチャンスはないかもしれないけれど、その時が訪れる可能性はゼロじゃないから。




