第12話
新しい家庭教師をつけてもらえた。
レベッカとの許嫁を解消してからあつかいがひどくなってたけど、王都から戻って頼んだら父は二つ返事をしてくれた。
上級魔法を教えられる講師なんてそうそういないと聞く。数年もすれば家を出る相手には過ぎた待遇だ。
要はそれだけの投資をしてでも、俺との縁を保っておきたいってことだ。
他の貴族からも、俺を相手にした縁談の申し出が多数届いている。
こんな子供相手に媚びを売らなきゃいけないなんて、お貴族様は大変だ。
正直恋愛をする気分じゃない。
同封されていた肖像画の中にはかわいい子もいたけど、当分色恋はいいやって感じだ。
前世であれだけ振り回されて、今度はレベッカに許嫁を解消された。嫌な思いをしてまでこんな年から婚活する理由が分からない。
父からの返事要求はのらりくらりとかわして、新しい魔導書と向かい合う。
勉強漬けの日々を送っていると、レベッカとロールレイン家の執事がやってきた。
ライデリット兄さんは学園の寮に戻っている。父に用でもあるんだろうか。
そう思って自室で魔導書を開くと、使用人に談話室まで来るようにお願いされた。
一応はライデリット兄さんの許嫁だ。俺は魔導書を閉じて一階の談話室に足を運んだ。
久しぶりに見たレベッカはそわそわしていた。
談話室に案内してソファーに座っても視線が合わない。小さな手をもじもじさせるだけで、あれだけおしゃべりだった口はかたくつぐまれている。
魔導書がまだ読みかけだ。早く自室に戻って続きを読みたい。
仕方なく俺から口を開いた。
「今ライデリット兄さんは学園にいるんだ。ここに来ても会えないよ?」
「それくらい、知ってるわよ」
「じゃあお手紙を出したんですね。今日の何時ごろに来るんですか?」
「ライデリットにお手紙なんて送ってない」
どういうことだ?
あれだけライデリット兄さんLoveな幼女が、今さらこの屋敷に何の用があると?
「ねえ、カムル」
「何?」
「その……」
レベッカの視線が逃げる。
視線を追った先には同行したロールレイン家の執事。何を示し合わせているのか、片眼鏡でかざられた顔が縦に揺れる。
レベッカが意を決した様子で口を開いた。
「もし、私があなたとよりを戻したいって言ったら、どうする?」
「え、普通に嫌ですけど」
「普通に嫌なんだ⁉」
声を張り上げられて思わず顔をしかめた。
「当たり前じゃないか。君はライデリット兄さんの許嫁だろ? 何で今さらよりを戻す必要があるんだよ?」
「だって、そうしないとお父様に叱られるんだもの」
げんなりする。
何となくそんな気はしてたけど、騎士爵と勲章を得た子息が欲しいだけか。
小さくてもやはり貴族の子供。自分から振っておいて関係を戻そうとしてくるとは末恐ろしい。
視界の隅で執事が額に手を当てる。
分かるよその気持ち。
親に叱られるからよりを戻してだなんて、もう小ばかにされているとしか思えない。俺の面子はズタズタだ。
「あのね、俺にとってのライデリット兄さんは唯一信頼できる肉親なんだ。婚約者を奪うような真似をして関係をこじらせたくないんだよ」
「私に、お父様に怒られろって言うの?」
「君が選んだ婚約者じゃないか。ライデリット兄さんは良い人だよ。何が不満なんだ?」
「ライデリットは爵位がないじゃない」
「君の家に嫁げば伯爵になるよ」
「勲章だってない」
「いずれ何かしらの勲章を得るさ。あの人は優秀だから」
「いずれじゃお父様は納得してくれないの!」
すんでのところでため息をこらえた。
これは駄目だ、取り付く島もない。
レベッカにとっての優先事項は、ロールレイン伯爵に怒られないことなんだ。
「あの、カムル様。使用人の身で口をはさむことをお許しいただけますか?」
「許します。何ですか?」
「レベッカ様にはまだ恋愛経験がございません。この年頃の淑女は年上にあこがれを抱きやすいのです。それは恋慕の情とは似て非なるもの。レベッカ様は、今さらながら本心にお気づきになられたのかと」
ものは言いようだな。
元いた世界でも、女子生徒が男性教諭にほれやすいなんて話はいくらでもあった。
男女問わず年上にあこがれるのが人の性。要は許嫁を解消したわがまま娘を、感情に振り回された哀れな女の子に仕立て上げたいわけだ。
「カムル様。どうか哀れなレベッカ様を、その寛大なお心でお許しくださいますようお願いいたします」
レベッカを悪者にするのは簡単だ。
今日までのやり取りで、レベッカのプライドの高さは嫌になるほど思い知っている。ちょっと挑発してやればもういい! と叫んで屋敷を後にするだろう。
ロールレイン伯爵は怒るだろうけど俺との仲をこじらせたくないはず。両家のつながりは十分に保てる。
でもやっぱりこの方法は大人げないよなぁ。
前世の記憶があるからだろうか。幼い子供が泣きそうになってるのを見ると胸が苦しくなる。
そもそも考えてみれば、こんなわがまま娘があの優しいライデリット兄さんにつり合うのか?
あの人には、もっとふさわしいパートナーがいるんじゃないのか?
小さなため息が口を突いた。
「分かりました。ライデリット兄さんにうかがいを立てておきます。今日のところはこれでお引き取り願えないでしょうか?」
「承知いたしました。寛大なご対応に感謝申し上げます」
ロールレイン家の執事がレベッカを立たせて帰宅を急かす。
余計なことを言われる前に屋敷を後にしようという算段か。
使用人の苦労がかいま見えて、俺は思わず苦笑いした。




