バレンタインのこと
バレンタインは、陰謀なのよ。
彼女はそう切り出した。
「そうなの?」
「そうなのよ!」
売り言葉に買い言葉。
彼女はやや口元を引きつらせながら胸を張った。
今はちょうど、夕食が終わって後片付けもひと段落した曖昧な時間。
家事のできない僕でも皿洗いぐらいはできるから、ゆったりとソファに座っていたはずの彼女がいつのまにかダイニングで待っていて少し首を傾げた。
なんだか、彼女はそわそわとしているようだ。
いくら不器用な僕でも食器は一つも割っていないし、今日はまだ彼女の機嫌を損ねるようなことはしていないし、言っていない、はずだ。
心当たりはないが、彼女の気に障ることはなかったと思う。
けれどまだ不安で、彼女をじっくりと見つめた。
亜麻色の長い髪はあまり長さが変わっていない気がするし、薄手のセーターとロングスカートも見覚えがある。
今朝と変わりがあるとすれば、彼女自身が妙にそわそわしていること。
「あの…」
「ご、誤解しないでよね!」
弁解しようとすると先手を打たれた。
生返事もままならない。
「わかった? バレンタインは陰謀なの!」
「……はい」
こう彼女に念を押されれば頷くほか術はない。
「よし」
彼女は満足したように、後ろ手に隠していたらしいものを取り出した。
「はい」
「はい?」
彼女の白い手に乗っているのは、ほかほかと湯気がたちのぼる
「肉まん、ですか?」
「あげる」
そういえば、彼女は最近コンビニにもよく出入りするようになったという。
突き出された肉まんを受け取ると、彼女はどこか上機嫌にリビングを後にした。恐らくこれからお風呂の時間だ。
残された僕は暖かい肉まんを手に持ったままというわけにはいかないので、白い中華饅頭を有難くいただくことにした。
とりあえず、無作法だが立ったまま一口。
「……チョコレート?」