クリスマスのこと 3
「…メリークリスマス」
そうして、今は寒い部屋で一人きり、クリスマスを迎えている。
大学の帰りにコンビニで初めてケーキを買った。
美味しくない。
本当は友達の美由紀のパーティに招待されたけれど、落ちぶれた高円寺の娘が出て行けるような場所ではない。
全てが遠かった。
駅ビルのイルミネーションも商店街のツリーも大嫌いだ。
どうして、あんなに眩しい。
「う……」
不味いケーキで、一人きりで。
最悪のクリスマス!
「大っ嫌い!」
「ごめんなさい」
聞こえてくるはずのない声だ。
だって、
「仕事はどうしたのよ! 吉之助!」
昨日のスーツのままで申し訳なさそうに帰ってくるはずがない。
「ごめんね。こんな時間になってしまって」
まだ夕方の六時だ。いつも、早くても七時になるはずなのに。
「今日も仕事だったんでしょう?」
「うん。でも仕事よりも、ケーキとこれを選ぶのに時間がかかってしまって」
吉之助がこれ、といくつか荷物を抱えていた腕から私に渡したのは、赤いリボンにいかにもクリスマス用の包装紙の大きな包みだ。
「何、これ?」
「麗子さんに」
どうぞ、といわれるがまま、開いてみる。
でも。
包装紙から出てきたのは、大きなテディベアだった。
首にマフラーを巻いた、抱き心地の良い可愛いぬいぐるみだと思うが、
「……小さな子供ってわけ? 私は」
低い声で言うと、吉之助は困ったように笑った。
「いや、そういうわけでは…」
「じゃあ、どういう意味なのよ!」
これではまるで、
「クリスマスなんか、楽しみにしている私は確かに子供よ! でも、」
「僕も、楽しみにしていたんだよ」
馬鹿にしている。
きっと、この笑った顔の奥では、私を嘲笑っている。
この人も、私を置き去りにする人たちと同じだ。
「でも、僕の家ではクリスマスといった行事をやらないので、何を買ったら良いのかもわからなくて」
「え…?」
彼は本当に困った顔で、持っていた荷物をダイニングのテーブルに置いた。
ケーキに、シャンパンに、どこで買ってきたのか出来合いのパーティ料理に、急いで見繕ったのだろう花束。
「田上くんや会社の同僚に訊いて、買い揃えるのに半日かかってしまいました」
そう言いながら、彼は大きな袋から取り出したのは街頭の呼び込みがかぶるようなサンタ帽を取り出した。
「あ! これをかぶってプレゼントを渡せって言われていたんだよ」
もう一度「ごめん」と彼は謝って、サンタ帽をかぶった。
くたびれたスーツに、サンタ帽。
それはあまりに間抜けな格好で。
「あはははははは!」
普段なら絶対にしない、大笑いをしてしまった。
ひとしきり笑ったあと、二人で出来合いの料理を食べた。
あまり美味しくはなかったけれど、一人っきりのクリスマスよりは、たぶん、楽しいクリスマスになった。
調子に乗ってシャンパンを飲みすぎて、私は人生で初めて酔い潰れてしまった。
朝起きると、ベッドの上だったのだ。彼が運んでくれたのだろう。
ダイニングと台所は綺麗に片付いていて。
リビングに、新しい家族が増えていた。
「よろしくね」
サンタ帽をかぶったテディベア。
テレビ台の隣に居場所を決めたようだ。
「吉之介! 早く起きなさいよ!」
私は今日も、朝の弱い彼を起こすべく、カーテンを開けた。




