彼女のこと
僕の朝はコーヒーの香りと供に始まる。
「起きてるの! 吉之助!」
訂正。
僕の朝はコーヒーの香りと彼女の怒声で始まる。
「おはよう。麗子さん」
ダイニングテーブルには暖かいコーヒーとクロワッサン、ハムエッグの皿が並んでいる。それから、
「オハヨウゴザイマス」
不機嫌を隠そうともせず、それでもエプロンをつけてサラダを運んできたのは、彼女だ。
ドイツ人のクウォーターだというその血筋を表す亜麻色の長い髪、透けるような白い肌、鮮やかなコバルトブルーの瞳。まるで精巧な人形のような華奢な姿だ。ブラウスとジーンズという簡素ないでたちながら、立っているだけで高貴な空気を纏っている。
彼女、高円寺麗子さんは今年大学三年生になる高円寺財閥のお嬢様だ。わけあって、僕と一緒に暮らしている。狭いマンションの部屋で窮屈だろうに、こういう家政婦のようなことをしてくれているのは、僕の生活能力のなさを見かねてのことだ。彼女はお嬢様という出自ながら、家事がとても得意だった。
「今日もおいしそうな朝ごはんだね」
僕は食卓につきながら、やはり彼女がテーブルに並べてくれていた新聞を手に取る。
「いつも同じでしょう。それって嫌味なのかしら?」
硝子細工のような印象を吹き飛ばすような言葉をサラダと一緒に彼女は並べる。
「嫌味じゃないよ」
彼女は毎朝ハムエッグとサラダを作り、クロワッサンを焼いてくれる。焼きたてのパンとコーヒーが独身の会社員にとってどれだけ贅沢なことか。
「とても感謝してますってことだよ。いつも美味しい朝ごはんをありがとう、麗子さん」
「ばっ…!」
彼女は何かを叫びかけて、口をぱくぱくさせたがそれ以上何も言わずに、自分の席へとついた。今日は彼女も朝から講義があるようだ。
「どうしたの? 顔、赤いよ。熱とか…」
「何でもない! 早く食べないと遅刻するでしょ!」
結局、僕より早く朝食を食べ終わった彼女は、慌てて出かけてしまった。車で送るって言ったのに。
大丈夫かな。風邪なんてひいてないと良いけれど。