徒手空拳
今日も、ポカポカいい天気。
邪竜のシャドウも、爆炎を撒き散らしながら、お空を楽しそうに飛んでいます。
空は青く澄み、遠くでシャドウの咆哮が風に混ざって響いてきます。
「さあ、今日もはりきって修行していきましょう!」
私は、腰につけていた聖剣を外すと、拳を握りしめながら宣言しました。
やる気いっぱいの私の隣でルーンさんは、大きなあくびをしました。
「ところで、妾は、なんで呼ばれたんじゃ? それに剣も外して?」
「今日は、剣がない状態を想定して、徒手空拳の修行をしようと思いまして」
「それで?」
「ルーンさんをボコボコに殴りつけようかと」
私が、そう答えるとルーンさんは、顔を真っ青にして言いました。
「いやに決まってるじゃろう!? なにをいっとるんじゃ!」
私は、なにがダメなのか、さっぱりわからず首を傾げます。
「斬られるのは、嫌とのことでしたが、殴るのは、いいじゃないですか!」
私が、シュッシュと拳で、空を切り裂くと、ルーンさんは捨て犬のように震えます。
「なんでニルナは、いつもそんな発想なんじゃ! 極悪すぎるじゃろう!」
極悪なんて、そんな、心外です。
「極悪なんて、そんなヨウキおばあ様みたいにいわないでくださいよ! 私は国民を愛するいい王様です!」
「妾も部下なんじゃから、国民にいれてくれんかのう……。それに、殴るなら、サンドバッグでいいじゃろう」
「サンドバッグ? ストーンバッグではなくて?」
「ニルナは袋に石詰めて殴ってるのかや?」
私は、誇らしげに説明しました。
「はい。私が普段使っているのは、丈夫な布にぎっしり石をつめています。むしろ砂になったら交換時期ですね」
「柔らかい石でもつめてるのかや?」
「えーと、鉄鉱石ですね」
「なに考えとるんじゃ!?」
「想定しているのは戦場ですよ。私が剣をもっていなくても、戦場で敵が鎧を着ていることを想定しています」
「戦場で武器を持ってない状態をそうていしてるのかや?」
「剣がなければ、拳で殴ればいいじゃないですか!」
「安直すぎるじゃろう。どれだけ武闘派なのじゃ……」
ルーンさんに、呆れられてしまいました。
でも、武器がなければ、素手で戦う以外に方法はないと思います。
「ということで、今日は、いざという時に聖剣なしで戦う方法を修行します!」
私は、あらためて宣言しました。
「ルーンさんを殴れないのなら仕方ないですね。柔らかいですが、大木で練習していきましょうか」
私は、修業場所に生えている木を指差しました。
「大木を柔らかい物に分類するのやめてほしいんじゃが……それでどうするんじゃ」
「木ならこのように簡単に倒せます」
私は、拳を握りしめ、軽く腰を落としました。
「はっ!」
裂帛の気合いを込めて踏み込みます。
大気が鳴動するほどの勢いで、腰をまわし、拳を大木に叩き込みました。
ズドーン!
メキメキ、ズガーン!
大木が、大きな音をたてながら倒れていきました。
私は、拳についた木片をふっと息で吹き飛ばすと、ルーンさんにいいました。
「このように、簡単に大木程度なら、倒すことができます!」
私は胸を張って得意げに言いました。
どうしたんでしょうか。ルーンさんが倒れた大木をみて、唖然としています。
「どうしましたか?」
「実際に、こうも簡単に大木が折れてしまうとじゃな……それでどうやって、殴っとるんじゃ?」
「大木と私の骨では、私の骨の方が硬いので力いっぱい殴るだけですね」
「……魔力つかってないのかや?」
「はい。もちろんです。相手が鎧の場合は、インパクトの瞬間に拳に魔力を込めます」
私は、魔力『滅びの宴』を解放して見せました。
「鎧をメキメキに砕く威力で殴れば相手は死にます」
「そ、それはそうなんじゃが……。衝撃だけを貫通させて倒すみたいな発想はないのかや?」
「なるほど。その発想は、ありませんでした。ルーンさんは、一人倒すときに、威力を貫通させて、後ろの人間を倒すぐらいでないと不十分といいたいわけですね!」
「違うんじゃが!? うぐっ」
ルーンさんが、お腹をおさえて呻き声をあげました。
「どうしましたか?」
「昔、ニルナにおもいっきり蹴られて、内臓グチャグチャになったときのことを思い出したんじゃ……」
「それ、私がおばあ様に乗っ取られていたときですよね。残念ですが、記憶がないので、次は内臓が爆発するぐらいの威力を目指しますね」
「やめてほしいんじゃが!?」
ルーンさんの言葉で着想を得た私は、拳をさらに握りしめます。
「いてもたってもいられません! 早速、修業です!」
私は、お腹をさすっているルーンさんを尻目にして、正拳突きの修行を始めるのでした。