抜刀術
私は変形修行を終えて、聖剣を通常形態に戻しました。
「終わったかの?」
ルーンさんが読んでいた魔導書を閉じながらいいました。
今度も、ちゃんと見てはくれていなかったようです。
不服ですが、しかたありません。
修行については聞いてくれそうなので、ルーンさんに話しかけました。
「聖剣はすばやく変形できるようになっても、基本の剣の扱いが未熟では話になりません」
「確かに、そうじゃの」
「まずは、剣を抜く動作から練習したいと思います」
私は一旦聖剣を納刀し、鞘を左手でつかむと、柄に手を添えます。
「いきます!」
剣を鞘走らせて、一気に振り抜きました。
閃光のように素早く行うと、刃が空を切り裂き、光の軌跡が残ります。
剣を軽く振り、刃に残っていた魔力を払うと、左手でしっかり鞘を持ちながら、刃を鞘の入り口に滑り込ませます。
剣が、完全に収まる瞬間にカチリと軽やかな音を響かせました。
私は残心をときながら、ルーンさんを見ました。
「ふぅ。どうですか。これが私の抜刀術です」
「うむ。さすがじゃな。なにかコツはあるのかや?」
「そうですね。コツは、腕だけでなく、腰と足のひねりを加え体全体で振り抜くことですね。そうすることで、さらに一閃が重くなります」
私は、真紅のドレス型の鎧の裾を揺らしながら、もう一度構えました。
カッ! と目を見開くと、力強く踏み込みながら、腰と足をしっかり捻りながら、閃光のように振り抜きます。今度は、近くにあった木にあたると、スパーンと音を立てながら、切れました。恐ろしく綺麗な木目が覗いています。
私は周囲に放っていた威圧感を解きながら、ルーンさんを見ました。
ルーンさんは、手を叩きながら、私を褒め称えました。
「すごいのじゃ、これなら、どんな敵も倒せるんじゃないのか」
ルーンさんの言葉に、私は首を横に振ります
「いいえ、抜刀術は、あくまで不意打ち、もしくは緊急時の対応です」
「どうしてなんじゃ?」
私は今度はゆっくりした動作で、抜刀術をやってみせながら説明します。
「熟練者になればなるほど、抜刀術の知識があります。抜刀術使いに正面に相対したときは、左側からの払い。踏み込んできたときの斬り上げ、一歩引いての斬り下ろしに注意しておけばいいだけですから。私は相手が鞘を掴む手を見ますね。鞘の向きである程度、剣筋が予測できますよ」
抜刀術の基本動作である、『払い斬り』、『逆袈裟斬り』、『抜き打ち』をそれぞれやってみせることにしました。
「まずは、さっきもやった払い斬りですね」
左手に持つ鞘の向きを水平にしながら、放ちます。風が斬り裂かれたかのように、広がりをみせました。
「注意点は、相手の体を斬りつけたところでピタリと止めることです」
「どうして、なんじゃ?」
私は血振り動作を入れつつ、納刀しながら、説明しました。
「振り抜いてしまうと、次の動作に入れませんし、何より隙が大きくなってしまいます」
「なるほどの」
「次は、逆袈裟斬りです」
私は、ぐっと握りしめ、敵のわき腹から、心臓を斜めに両断するイメージしながら、剣を下から斬りあげました。
「まあ、逆袈裟とは、ようは下からの斜め斬りのことですね。今は通常形態でやってますが、ウィーザルソードのような片刃の場合は、鞘をひっくり返すようにしながら放たなければいけませんね」
「ところで袈裟ってなんじゃ?」
「なんでしょう? わかりません。転生者が広めた言葉ではないでしょうか?」
「気になるの」
「そうですか? 私は語源なんか別に興味ありませんが」
「本当にニルナは、剣術以外雑じゃのう」
「そんなことないと思いますが……とにかく最後は抜き打ちですね」
私は、鞘を左手で握りしめ、一歩下がりながら右手で剣を引き抜きました。
そのまま両手で握りしめると、全力で振り下ろします。
「抜刀後すぐ両手で振り下ろすので、威力は高いですが、やっぱり一拍攻撃速度が遅くなります」
「相手が受けやすいということじゃな」
「はい。そうなりますね。完全に相手が受けに回った場合は、私は、ミョルニルに変形して攻撃するので、基本死にますね」
「相変わらず、極悪な攻撃じゃな!?」
「とにかく抜刀術の剣筋のバリエーションは、抜き身の剣ほどなく、慣れてくると対応は簡単ですよ」
「うむ。なるほど、ニルナ目線だとそうなるんじゃな」
「はい。打ち抜き以外は基本片手で抜刀するので、両手での剣戟にパワー負けしてしまいます」
私は、倒れた木を指さしました。
「片手の抜刀術だと、私は木を切り倒すことぐらいしかできません」
「うむ。木を切り倒す『ぐらい』って言ってる時点で、だいぶヤバいのじゃが」
「はい。ヤバいことはわかっています。抜刀術でも、鎧ぐらい斬れるようにならなくてはいけません!」
「いや、そういう意味でのヤバいではないんじゃが……」
「もっと修行を行わなければなりません!」
なにやら、ルーンさんはまだ何か言いたそうにしていましたが、私は己の未熟さにいてもたってもいられなくなり、抜刀術の修行に入りました。