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小人たち

作者: 雉白書屋

 ――おっ

 

 と、電車のドアが開いた瞬間、おれは思った。昼下がりの空いた車両内の端の席、仕切り板に体を預けていたおれは、電車の中に入ってきたそいつに向けて久しぶりだな、とニヤッとしてみる。しかし、向こうは気づいていないようだ。『あの男、ニヤついて気持ち悪いな』と他の乗客から思われた気がして、目だけを動かして周りの様子を確認した。

 よかった。杞憂、被害妄想だ。春の日差しと心地良い揺れに、みんなボーっとしている。そして、結局あれも、おれの妄想なのだろうか……。

 おれは小人が見える。ごくまれに、ぼんやりしているときだけだが。だから『夢を見ていたんだろ?』と人に強く言われれば、ううむと唸るしかない。ゆえに誰にも話したことはない。そもそも、頭がおかしいと思われたら損だ。

 これは夢と現実のその狭間に見ているものなのだろうか。それとも、彼ら小人たちが暮らす次元とおれたち人間が暮らす次元は実は密接しているのだろうか。おれにはわからない。ただ、面白いのでこのままぼんやりと眺めることにした。

 電車のドアが閉じ、動き出すとドア付近にいた小人は怯えるように辺りを警戒しながら少しずつ、車両の中央に向かって進み始めた。

 迷彩服を着て、葉っぱがついたヘルメットをかぶり、腕に銃を抱えている。まるで子供がクマのぬいぐるみを抱くようにギュッとし、銃口が上を向いている。

 あの様子から見て、あの小人の目の前に広がっているのはこの車両ではなく、ジャングルなのかもしれない。もしかして、戦争中なのだろうか。

 小人の身長は、縦に置いた靴の長さほどだ。おれの正面の席で足を組んで、伸ばして寝入っているサラリーマンの靴裏の前に今ちょうど小人が立っているので間違いない。靴裏にそっと手を這わせ、辺りを見回している。彼の目にはあれは靴ではなく、大きな岩に映っているのかもしれない。

 ……と、小人がサッと下がり、靴の陰に隠れた。

 そっと顔を出して、様子を窺う小人の視線の先を目で追うと、お婆さんの膝の上に迷彩服を着た小人が二人いるのが見えた。

 小人たちはお婆さんの膝からぴょんっと飛び降り、床の上に降り立った。一人は口にタバコを咥えており、幽かに白煙が立ち昇っている。もう一人はズボンに親指を突っ込んでおり、クチャクチャと口を動かしている。どうやらガムを噛んでいるらしい。

 先ほどの小人と比べて、その佇まいからは自信と残虐性が感じられる。加えて、服の色が微妙に違うので、もしかしたら彼らは別陣営であり、敵対関係にあるのかもしれない。

 二人は堂々と車両の真ん中を歩きだした。と、タバコの小人が足を止め、ガムの小人に止まるよう手で指示した。

 靴の陰に隠れた小人の存在に気づいたようだ。指を差し『おい、あれみろよ』『おいおいおい、とんだ間抜け野郎がいたもんだなぁ』と笑っている。

 どうやら、彼の足が靴の陰から少し出ていたらしい。彼はガタガタ足を震わせて、どうか気づきませんようにと縮こまり祈っているようだ。

 顔を見合わせて、ニヤつく二人の小人。彼はそっと靴陰から顔を出し、口をぽっかりあけた。気づかれたことに気づいたようだ。足の震えはさらに激しくなった。

 二人の小人は彼に近づき始めた。彼は肩から頭のてっぺんまで震えて、ヘルメットがズレて視界が塞がった。彼は慌てて被り直し、ふっー! ふっー! と息を荒げた。そして、彼が靴陰から飛び出した。どうやら覚悟を決めたらしい。構えた銃を右へ左へ、やたらめったらに撃ちまくる。

 二人の小人は素早く左右に飛んで転がり、着地した。そして、鮮やかな動きで銃を構え、応戦する。

 彼はサラリーマンのズボンの裾を掴んで、足首へとよじ登り、脛、膝へと後退しながら発砲を続けた。

 タバコの小人は彼から視線を外さず蛇行移動を開始した。銃弾をうまくかわしているだけでなく、どこか彼を挑発するような動きであった。あれは、ああ、やはり、陽動だ。彼が何かに反応しパッと横を見た。『ヘーイ』とでも言われたのだろう、いつの間にかガムの小人がもう片方の端の席で眠る主婦風の女の膝の上に乗っていた。

 彼はガムの小人に向けて銃を構え、引き金を引いたが、乱射も乱射。おれには彼らの声も銃声も聞こえない無声映画のようなもののわけだが、『うおおおおお!』と聞こえてきそうなほど、彼の錯乱ぶりが見て取れる。

 ガムの小人は笑いながらぴょんと膝から飛び降りて床に着地した。……と、彼が滅茶苦茶に放った銃弾の一つがスマホを眺める女の頬に当たり、彼女が指で掻いた。

 もし今のが偶然でないなら、たまに急に部分的に痛みを感じたり痒くなったりすることがあるのは、こういったことが原因だったのか、とおれは妙にしっくりきた。

 そんなことを考えている間に彼がサラリーマンの膝の上からゴロゴロと転がり落ちた。急な傾斜だったから痛そうだ。肩を押さえているのは、被弾したためらしい。

 と、これもいつの間にか、タバコの小人がおれの横、一つ席を空けて座っている女の膝の上に立っていた。

 クイッと親指でヘルメットを上げ、ニヤついている。奴が彼を狙撃したようだ。何か怒鳴るように喋っているが、おれには聞こえない。ただ、彼を侮辱しているのは間違いなさそうであった。

 ガムの小人は肩を揺らして笑い、床に横たわる彼にゆっくりと近づいた。

『ヘイ、ファッキンチキン野郎。こんなところでおねんねかぁ?』

 ガムの小人は彼の銃を足で押さえた。そして、屈むと自分の口の中に指を突っ込み、取り出したガムを彼の肩の傷口にグリグリと押し込んだ。

 彼が悲鳴を上げ、二人は笑った。彼とガムの小人をよくよく見比べてみると、服だけでなく体格も顔つきも違い、どうやら別々の人種らしい。そして、先ほどから感じていた連中の余裕ぶりからして、その力の差は歴然のようであった。

 戦争とは正義と正義の押し付け合いである。だから、あの二人が悪党というわけではない。強いて言うなら死んだほうが悪。つまり、弱い方が……。

 ガムの小人が彼の顔に唾を吐きかけた。タバコの小人が女の膝の上から『離れてろぉーい』と言う。

 ガムの小人が顔を上げ、ニヤッと笑って彼から離れる。そして、ポケットから取り出した新たなガムを口の中に放り込んだ。

 倒れている彼がビクッと動いて、そして悲鳴を上げた。また撃たれたのだ。タバコの小人が放った銃弾は右膝に命中し、呻く彼を二人が声を上げて笑う。

 体を丸める彼。ガムの小人が勢いつけて腹に蹴りを入れると、『ううっ!』と声を上げて、また伸び上がった。

 今度は彼の左ももが撃たれた。それに対して、ガムの小人が文句を言った。『おーい、おれに当たったらどうすんだよ』

 高台から笑うタバコの小人。腹いせとばかりに彼の顔を足裏で小突くガムの小人。

 ごろっと転がった彼。顎が天井を向き、そして……そして、タバコの小人が言った。


『いい的だ』


 タバコの小人が再び銃を構え、今度はどこを狙おうかと楽しげに銃口を揺らす。そして引き金に指を――


「きゃ!」


 タバコの小人が女の膝の上から落ちた。いや、おれが叩き落としたのだ。彼がごろっと転がり、顔がこちらに向いたあの瞬間。おれは彼と確かに目が合ったのだ。おれが気がつくと、体が動いていた。

 

 この先の結末はわからず仕舞い。「なにするんですか!」と女に言われ、おれの意識が現実のほうに割かれたためか、彼らの姿が薄れていき、おれは「あ、その、寝惚けていて、ごめんさないごめんなさい」と、痴漢を疑う女に謝ることに必死になり、完全に彼らを見失ってしまった。おそらく、もう彼らに会うことはないだろう。小人を見かけることがあっても、また同じ個体を見られるとは思えない。

 でもいい。おれは見たのだ。小人たちの姿が薄れていく最中に、彼が勢いつけて起き上がり、ズボンから取り出したナイフでガムの小人に切りかかるのを。

 彼はおれが信じる結末に向かったのだと、そう信じる。


 事はどうにか穏便に済み、駅のホームに降り立ったおれは、ふと落ちていた切符に気づいて、拾い上げた。


 ――小人、か。


 切符には黒丸の中に【小】と書かれていた。小児を意味するのだろうが、おれは小人を思い、笑わずにはいられなかった。


 駅舎から出ても、いい映画を見た後のような浮遊感に、どこか寝惚けた頭。この日差しのせいもある。頬が緩み、締まらない。いかんいかん。おれはぐっと体を伸ばし、現実に立ち返えった――あっ


 遠くに巨人が見えた。二人で取っ組み合って、あ、あ、あ、あ、二人とも転ぶ、ゆ、揺れが――

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