ドリームメーカー ~ 夢ほど素敵なショーはない
沙耶ちゃんは何かの音に目を開けました。けれど、真っ暗で何も見えません。そこで布団を頭からかぶっていることを思い出しました。
布団から頭を出して周りを見ました。
けれど、やっぱり真っ暗なままでした。
沙耶ちゃんは首を傾げました。はて、確か自分はベットで布団をかぶっていたはずなのに、と思います。もう夜になったのかしら、とも思いましたが、なにかそこは自分の部屋よりもずっと大きいようにも思われました。
しくしく
しくしくしく
暗闇の中から声が聞こえてきます。女の人の泣き声です。聞き覚えのある声なのですが、お母さんのとはちょっと違うようでした。
沙耶ちゃんは布団からずるずると這い出ると立ち上がりました。
「だーれ? 泣いているのはだーれ?」
◇
◇◇
◇◇◇
一片の汚れもない白いお城の周りには晴れた空を映したような青い屋根の塔が幾つも立ち並び、キラキラとお日様を反射していました。
それは誰もが知っている夢の国の景観です。
「ふぁ~あ」と黒い大きなネズミがあくびをしました。
夢の国の住人で知らない者はいないというほどの超有名で大人気のネズミさんです。
名前は……秘密です。
何故って、本当の名前を軽々しく明かしてはならない、というのが夢の国の規則だからです。規則を破ると怖い人たちがやってきて大変なことになるのです。だから、このままネズミさんで通しておくことにします。この後、赤いリボンをしたネズミちゃんとか水兵服を着たアヒルさん、なんてのもでてくるかもしれませんが気にしないでください。
「もう! なにをだらけているの?
これから次の開演まで練習とか準備があるでしょ!」
それはさて置きです。
黒いネズミが大あくびしいるのを赤いリボンをした一回り小さなネズミが咎めるように言いました。
「ええ?! クリスマスがおわったばかりじゃないか」
「クリスマスが終わったら今度は新年でしょ」
「新年かぁ。日本て初夢とか面倒くさいじゃないか。一富士二鷹……あと、なんだっけナスビ?
あれ、ナスビてなんだっけ」
「ナスのことよ」
リボンのネズミちゃんが半分呆れたように答えました。
「ナス? ナスってあの野菜のナス?」
「そうよ」
「そんなのを夢で見て喜ぶって頭おかしいんじゃないの?
変だよね、だって、紫色のあの野菜でしょ? 変じゃん、絶対変でしょ」
「私にそんなこといっても仕方ないでしょ! 別に私が決めたわけじゃないんだから!!」
かなり前のめりに否定されネズミちゃんは憮然として言い返しました。確かにそんなことを言われても困ってしまう気持ちは分かります。
「大体、そんなのどんな風に演出すればいいのさ? ああ、あれか、富士山をバックにして鷹がナスもって空を飛べばいいんか。
で、ナスを離して、それが見ている人の頭にゴツン!」
「それじゃ、コントになっちゃうでしょ。真面目に考えてよ。あなたはみんなのリーダーなのよ」
「リーダーねぇ。最近めっきり出番が減っているんで、リーダーっていわれても、なんだかなぁって感じなんだよね」
黒いネズミ君は、まただるそうにため息をつきました。そして、近くの大通りを歩いていく一団へ視線を移しました。
雪のように白い肌にショートの黒髪の女の人を先頭に、肩口が膨らんだ青いドレスを着た金髪の美人、南国風の少女や髪がやたら長い女の子等々、が全部で7人、列を作って歩いていくところだった。
「ほらごらんよ。神7のお出ましだよ。最近は彼女たちにすっかり人気を取られて影が薄いなぁって」
「たしかに、あの人たちは人気だけどもこの国の中心はいつでもあなたなのよ。もっと自信をもって」
「そうなのかなぁ……」
ネズミちゃんに励まされましたが、ネズミ君はあまり納得していないようでした。
「とにかく、私は、夜の準備があるからもう行くわね。あなたもみんなの様子を見て回ってちょうだい。それがあなたのお仕事なんですからね!」
ネズミちゃんは言いたいことだけを言うとそのままネズミ君を置いてすたすたと行ってしまいました。ネズミ君はその後姿を見送りながらため息をつきました。
夢の国は、テーマ別にいくつものエリアに分けられています。南国をモチーフにしたエリアとか、不思議の国だったり、雪の国だったりです。
先ほどの神7と言われている女の子たちは、それぞれのエリアのリーダーだったりしますが、彼女たちリーダーをさらにまとめ上げる総リーダーが、なにを隠そうネズミ君でした。だから、ネズミちゃんがネズミ君の事を夢の国の中心と表現したのも間違いではないのです。そこのところは実はネズミ君もちゃんと分かってはいるのです。ただ、最近めっきり夜の夢の出番が減っているのが気になるのでした。とはいえ総リーダーとしての仕事を怠けるわけにもいきません。ネズミ君はようよう重い腰を上げると夜にやる予定の夢の舞台の準備状況を確認するために各エリアを見て回る事にしました。
大体のエリアを回り終え、疲れ果てた様子でネズミ君はとぼとぼと道を歩いていました。
どのエリアも初夢に向けた舞台の準備に余念がなかったのでひとまず安心です。
たとえ茨の城の背景が富士山だったり、海底のパーティのテーブルの上に生のナスがゴロゴロ転がっていたりと違和感がないわけではありませんでしたが、まあ、それは仕方のないことです。
そもそもこの夢の国は西欧ベースの世界観なので和風はどこか噛み合わないのです。それは毎年思うことでした。
と、ネズミ君の足が止まりました。
目の前にどんよりとした古びた門があります。
ネズミ君は愕然としました。
それは『クラシックエリア』の入り口でした。『クラシックエリア』とは出番が少なくなったキャラクターたちがまとめられている場所でした。言うなればキャラの墓場のようなところです。
「なんでこんなところにいるんだ、僕は……」
ネズミ君は愕然としました。
そして、知らない間にここに足を向けてしまったことに恐怖を感じました。自分の未来を暗示している、つまり、いつかみんなに忘れ去られてこの『クラシックエリア』へ押し込まれるのではないのかと思うと怖くてたまりませんでした。今すぐ逃げ出したいのに、なぜが膝が震えて動けないでいました。
その時です。「ああ、ここにいたのね」と声がしました。
振り向くとネズミちゃんがいました。
「探していたのよ。なんでこんなところにいるのよ」
「なぜって……」
ネズミ君は答えに窮してしまいました。自分でも理由は分からなかったからです。
「まあ、いいわ」とネズミちゃんは答えも待たずにネズミ君の手を取ると引っ張りました。
「急なお仕事が入ったの。あなたの力が必要なのよ」
「急な仕事?
だって夜にはまだ時間があるじゃないか」
「いいから、来てちょうだい」
ネズミ君はネズミちゃんに手をひかれるまま夢の国を走っていきます。やがてネズミ君の視界にお城が見えてきました。2人はそのままお城へと入っていきました。
そこはお城の中で一番大きな部屋です。どのくらい大きな部屋かというと、実は誰にも分からないぐらい大きな部屋でした。
というのも部屋は薄暗く、円形の部屋の壁は一面モニター画面でおおわれていたからです。上を見上げてもどこまでもモニターが続いて最後は小さな点になってしまい、天井がどのくらいの高さなのか良く分からないのです。
そこは夢の国の中枢である夢のモニタールームと呼ばれるところでした。壁にあるモニターには一つ一つがだれかが実際に見ている夢が表示されるのです。今は昼なので起きている人が少なくほとんどのモニター画面は暗いままでしたが、中に一つ、二つ明るく輝いているものもありました。それはお昼寝とか、夜にお仕事があり今寝ている人が見ている夢が表示されているのです。
モニタールームの中央に黄色の服を着た亜麻色の髪の女の人がいました。その傍らに野獣のような顔をした大柄な男の人もいます。神7の1人であるヒロインとそのパートナーです。
ヒロインちゃんはネズミ君を見るとすぐに近寄ってきました。その顔は今にも泣きそうです。
「ああ、ネズミ君、ネズミ君、わたしどうしたらいいのでしょうか!」
「ちょっとまって。一体何かあったのか話してくれないか。今のままではなにがなんだか分からないよ」
「イレギュラーの依頼があったのです。女の子のお昼寝で『元気になる夢』をお届けるというのが依頼の内容です。名前は沙耶ちゃんという子なんです。わたしは沙耶ちゃんのお気に入りで何度も夢に出させてもらっていたのです。沙耶ちゃんは特に晩餐会のシーンがお気に入りでしたので今日もそのシーンを急いでセッティングして臨んだのですけど……」
「それが、夢が始まった途端、沙耶ちゃん大泣きを始めてしまった」
ヒロインちゃんは途中でついに泣き出してしまったため、隣にいた野獣顔のパートナー君が後を続けて説明してくれた。
「いつもなら、手をたたいて大喜びしてくれるのに、今日はダンスに誘っても、おいしそうな料理を見せても嫌がって泣いてばかりで。どうしたものかと途方に暮れているのです。
それでネズミ君のお知恵を借りたいと呼んでもらったのです」
「ふーむ。なるほど。でもいつもは喜んでくれるのに今回はどうしてダメなんだろうねぇ」
「わかりません…… はっ! もしかしたら最近沙耶ちゃんは、日曜の朝にやっているヒーローガールとか叫んでいるキャラにもお熱らしく、もしかしたらそちらがよろしいのでしょうか。
ああ、なんてことでしょう! わたしはもう沙耶ちゃんに笑ってもらえないのでしょうか。そんなことになったらわたし生きていられませんわ、クラシックエリア行きですわ!!」
ヒロインちゃんは大声で叫ぶとまたおいおいと泣き始めました。
「いやいや、君は神7なんだから他に君のことを待っている人はたくさんいるからそんな心配はしなくてもいいよ。ね、だから泣くのはおよしなさいって」
クラシックエリアという単語を聞いて内心ドキリとしながらもネズミ君はヒロインちゃんを慰めます。そして、横にいるネズミちゃんへ声を掛けました。
「沙耶ちゃんはなんで今の時間に寝ているんだい? お昼寝の時間なの?」
「うーん、ちょっとプロファイルを見て見るわね」
ネズミちゃんは近くの端末をピコピコと叩いた。
「えっと、どうやら、お父さんの都合で楽しみにしていた遊園地に行けなくなったって、それで拗ねて布団をかぶって泣いている間に寝ちゃったみたいね」
「なるほど、つまりヒロインちゃんを見て、遊園地へ行けないことを思い出しちゃって、うれしいより悲しいが先に来ちゃったってことだね」
「わたしが出ると逆効果ってことですの!?」
なんとか泣き止んだヒロインちゃんでしたが、その大きな瞳にうるうると涙が溜まっていき、今にもこぼれ落ちそうになりました。
「いや、いまはそういうのいいから。沙耶ちゃんをどう楽しませるかを考えよう」
「でも、一番のお気に入りのヒロインちゃんを見て悲しんじゃうならどうにもならないじゃないの?
ヒーローガールさんに出演をお願いするしかないのかしら?
でもあの子は系列が違うから外注ルートを使ってヘルプをだすことになるわねぇ」
と、ネズミちゃんが顎に手をのせてぶつぶつとつぶやき始めました。ネズミ君も少しの間腕を組んで何やら考えていましたが、やがて、顔を上げました。
「ちょっとショック療法でいってみようか」
「「「ショック療法?」」」
ネズミ君の言葉に、ヒロインちゃん、パートナー君、ネズミちゃんが同時に怪訝そうな声を上げました。
◆◆◆
◆◆
◆
「だーれ? 泣いているのはだーれ?」
◇
『よっし! そこでスポットライト!!』
ネズミ君の指示に従いネズミちゃんがパネルのスイッチをひねりました。
◆
ぽっと暗闇の中にうなだれている女の人が現れました。沙耶ちゃんはその女の人をみてびっくりしました。だって、それは自分が大好きなあのヒロインちゃんだったからです。
「どうしたの? どうしてい泣いているの? どこか痛いの?」
「いいえどこも痛くはないの。ただ、悲しいだけ」
「悲しい? なにが悲しいの?」
「遊園地で会えるはずだった沙耶ちゃんに会えなくなって悲しいの」
ヒロインちゃんの言葉で、沙耶ちゃんは楽しみにしていた遊園地に行けなくなったことを思い出しました。たちまち目に涙があふれ、ついに大きな声で泣き出してしまいました。
「そうなのいけなくなったの。うぇーん」
「そうよ。会えないのよ。悲しいわ。おーいおいおい」
ヒロインちゃんも泣き出します。二人は抱き合ったまま、大声で泣き続けました。
◇
『ちょっと、こんなカオスな展開で本当に大丈夫なの? これじゃあ悪夢じゃないの』
ネズミちゃんは沙耶ちゃんたちが泣いている姿を映し出すモニター画面の上の方についている〇ゲージを心配そうに見つめました。ゲージは右半分はオレンジ色、左半分が暗いグレーに色分けされていました。今はややオレンジ色の領域が多いのですが、徐々にグレーの色が増えて行っているように見えました。それはドリームゲージと呼ばれるもので、見ている人の夢の幸福度を示しているのです。
それがグレー色に染まると悪夢と呼ばれる状態になり、夢を見ている人の精神や肉体に悪い影響を与えるのです。そうならないようにするのが夢の国の住人であるネズミ君やネズミちゃんたちのお仕事でした。
でもこのままだと、沙耶ちゃんの夢はナイトメアになってしまいます。
『大丈夫。まずは泣きたいだけ泣かせてあげるんだよ』
しかし、ネズミ君は冷静にモニター内の沙耶ちゃんの様子を伺い、タイミングを見はらいます。
『よし今だ! V字回復作戦スタート!!』
ネズミ君はヘッドセットに向かって叫びます。当時にヒロインちゃんの目がきらりと光りました。
◆
「悲しいわぁ、悲しいの。でも沙耶ちゃんのお父さんもお母さんも悲しいとおもうのよ」
ヒロインちゃんは沙耶ちゃんの両肩をつかむとじっと目を見ながらい言いました。
突然のことに沙耶ちゃんはびっくりして泣き止み、きょとんとしてしまいました。そして、ヒロインちゃんが何を言っているのかよく考えようと首を傾げます。
「お父さんと、お母さんも悲しいの……?」
「そうよ。お父さんもお母さんも沙耶ちゃんと遊園地に行きたいに決まっているじゃないの。
だけのいろんなことがあっていけないこともあるのよ。けっして約束をやぶりたかったわけじゃないわ。なにもかもおっぽり出して沙耶ちゃんと遊びたいけれど、そうもいかないのよ。世の中ってね、だから悲しいの」
◇
『子供になんてこと教えてるのよ! あんなこと言っても理解できるわけないでしょう』
『いいや、子供っていうのは大人が考えているよりずっと理解力があるんだ。
それにさっき、ざっと沙耶ちゃんのプロファイルを見たけどこの子は理解してくれる子供だよ。
肝心なのは、その子がどういう性格の子供かってことを理解して、僕らが導いてやれるかさ。
画一的に決めつけるのが一番よくない!
ほら、みてごらん』
◆
「……そうなのかな……お父さんもお母さんも悲しいのかなぁ」
「そうよ。今回はうまくいかなかったけれど、次はちゃんとうまくいくわ。だからいつまでも悲しんでちゃだめよ。沙耶ちゃんがいつまでも悲しんでいるとお父さんもお母さんも悲しくなるから。
お父さんやお母さんが悲しんだり、泣くのは嫌だよね」
「うん、それは嫌」
沙耶ちゃんはふるふると首を横に振りました。それを見たヒロインちゃんはにっこりと微笑むとぎゅっと沙耶ちゃんを抱きしめました。
「うん、良い子ね。そんな良い子には素敵なプレゼントがあるわ!」
◇
『いまだ、全照明点灯! ショータイムだ!!』
ネズミ君の合図に、ネズミちゃんがパネルに並ぶスイッチを次々と入れていきます。すると、暗かったモニター画面にまばゆいばかりに輝くお城の舞踏会が現れました。
それを見た、沙耶ちゃんは手を叩いて喜び始めます。
『音楽スタート』
ネズミ君の合図で軽快な音楽が流れ始めました。ヒロインちゃんのエスコートで沙耶ちゃんが舞踏会に参加します。お供のポットやティーカップの侍女たちがはやし立て、テーブルには鳥の丸焼きや彩り朝やかな果物やナスビが乗っています。
『だから、ナスビは良いって……』
とネズミ君はぼそりとつぶやきました。
とは言え、ドリームゲージは今では全体が真っ白にキラキラと輝いています。
『やったわね、ネズミ君!』
ネズミちゃんがネズミ君の背中をバチンと叩きました。
『あっ痛っ! マジ、痛いよ』
『そんなことより、一時はどうなるかと思ったけど、うまくやったわね。さすがネズミ君はみんなのリーダーだわ』
『そんなことは……ないよ……』
ヒリヒリする背中をさすりながらネズミ君はモニター越しに沙耶ちゃんの笑顔を見つめました。あの子の笑顔をモニター越しではなくもっと間近で見たいとも思いもしましたが、ヒロインちゃんの笑顔を見るとこれはこれでよかったのかなとも思うのでした。
『さてと……、それじゃ、初夢の舞台の準備を再開しようか』
ネズミ君はヘッドセットを外すと、ネズミちゃんの方へ顔をウインクをしました。
『今夜もみんなにとびっきりの夢を見せてあげよう!!』
2024/01/06 初稿
なんだかピクサー映画のフック(冒頭シーン)見たいになっちゃいました。
一見、リアルの夢の国の従業員の話かなと思わせて実は本当に夢の国の住人で人々に夢を見せる仕事をしていました、という趣向でしたが、混乱させただけな気もしている今日この頃です。