16.高貴なる報酬
王太子の身体に憑依したリズベッドに勝利したリオンであったが、その後、小さくない騒動が待ち受けていた。
遅ればせながら駆けつけた騎士によって、その場は収められることになる。
リオン……というよりも、アルフィラとシュミットが事情を聞かれることになり、二人は王太子が大戦期の呪術師に操られていたことを明らかにした。
その発言の内容は、どれも騎士に処理できるようなものではない。
なんたって、該当の王太子がリオンの手によって殺されている。
場合によっては、『王族殺し』として処刑されていてもおかしくない状況である。
アルフィラとシュミットがリオンの無罪を主張したが……むしろ、二人がいたことによってかえって嫌疑が深まってしまう。
王女であるシュミットがスノーウィンド公爵家の後ろ盾を得て、王太子を殺害したような状況にも
それでも、罪を問われることがなかったのにはいくつか理由がある。
一つ目は、第三者による証言があったこと。
完全に気配を消していたが……あの場にはリオン達とリズベッド以外に、庭園まで案内してくれた執事がいた。
途中から不穏な会話になり、王太子が変身して暴れまわり……庭園の隅で膝を抱えて座っていた執事が、アルフィラとシュミットの証言が真実であると保証した。
代々、王家に仕えている信用のある執事のおかげで、王太子が本当に憑依されていたことが明らかになったのだ。
二つ目は、国王が目を覚ましたこと。
病気で寝込んでいる国王であったが……実は、すでにリズベッドの手によって病気は治っていた。
いまだに寝込んでいたのは、リズベッドが呪いをかけて悪夢の中に閉じこめていたから。
一思いに殺すのではなく、あえて生かしたまま苦しませるという、セントラル王家に対する復讐の一環だった。
国王もまた王太子が乱心していたことを主張して、娘のシュミットを新たな王太子にすることを非公式ながら宣言した。
最後に、リズベッドによって呪いをかけられていた令嬢達が快癒したのだ。
呪いから治った令嬢達の証言により、王太子に彼女達を害した強い嫌疑がかけられることになった。
リオンが王太子を討ったことは、シュミットが暴走する王太子を止めるためにやらせたことだと話が落ち着いたのである。
「……皆様には、大変ご迷惑をおかけいたしました」
後日、疑いが晴れて解放されたリオンはシュミットから謝罪を受けていた。
場所は王女の私室。おまけに二人きりである。
アルフィラと従者二人もいない。
三人は目を覚ましたであろうサフィナ・スノーウィンドに会うために、急いでスノーウィンド公爵家に帰っていった。
今回の謝罪は内々のものであって、公的なものではない。
王太子が憑依されていて、多くの令嬢に呪いをかけていたという事実は公表できないからだ。
もしも今回の出来事を明らかにしてしまえば、王家の信用と威信が失われてしまう。
王太子がやらかした罪だけではない。
中興の祖であるルセルバード・セントラルが偽勇者であるということも、芋づる式で明らかになってしまう恐れがある。
「いや……構わないよ。こちらこそ、友人が迷惑をかけたね」
「リズベッド・ランクォード氏のことは構いません。我ら王家が背負ってしまった罪。業ですから……」
シュミットはリズベッドによって兄を奪われてしまったが、それを恨む権利は自分達にはないと考えているようだ。
そもそも、憎しみの種を蒔いたのはセントラル王家である。
世界を救った救国の英雄から手柄を奪い取るだなんて、許されることではない。
「リオン様も思うところがあるでしょうに、それでも私達を救っていただいたことには感謝しかありません。我が祖先がリオン様の功績と勇者の地位を奪ったこと、心より謝罪を申し上げます……」
「…………」
丁寧に頭を下げるシュミットに、リオンは複雑な気持ちになる。
手柄を奪われたことは別に良い。
問題は……リオンの仲間達、リズベッドを始めとした者達を殺したことだ。
しかし、そのことをシュミットに追求しても意味がないとリオンは考えている。
子供が罪を犯したら、それは育てた親の責任。
だが……親が犯した罪の責任を子供が取るというのは間違っている。
何代も前の祖先の罪を、今の王家の人間に背負わせるつもりはなかった。
「……そのことはもういいよ。今さら、意味ないからね」
仲間達はもういない。
いくら謝罪してもらっても、無意味なことである。
「それよりも……用事がこれで終わりだったら、もう帰っても良いかな?」
この場合、帰る場所はスノーウィンド公爵家である。
一刻も早く戻って、妹を救い出したことに対するアルフィラの御礼を貰わなければいけない。
(ようやく、アルフィラが俺の子供を産んでくれるんだ。早く帰らないと)
ただでさえ、王城に拘束されていて一週間も時間を潰してしまったのだ。
早く、勇者の子孫を残すという仕事を再開させなければいけない。
「そのことなのですが……リオン様に一つ、提案があるのです」
立ち上がるリオンに、シュエットが慌てて追いすがる。
細くて白い指がリオンの上着の袖を掴んだ。
「アルフィラ様から事情は聞かせてもらいました……リオン様の使命も、そう遠くない未来に、邪神が復活するということも」
「それが何か?」
「我が国は偉大なる勇者の末裔であると主張することで繫栄を享受して、今回の一件により、その栄光が張りぼてであることがわかりました。邪神が復活したとしても、偽物の勇者の末裔である私達にできることは少ないでしょう」
「…………?」
話が見えてこない。
シュミットの言葉を要領を得ず、何が言いたいのか伝わってこなかった。
「つまり、そのですね……」
シュミットが立ち上がり……かなり長い時間、迷ってから、ドレスの留め金に手をかけた。
「わ、私を抱いては頂けませんか?」
「へ……?」
リオンが気の抜けた声を漏らすのと、シュミットのドレスが床に落ちて細い裸身が露わになるのは同時のことだった。
「ちょ……え、ええっ!?」
「私がリオン様の御子を孕めば、『セントラル王家は勇者の末裔である』という偽りが事実になります。生まれてきた子供はいずれ英雄の子孫として、多くの騎士や兵士の先頭に立って戦うことでしょう……」
シュミットは耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに目を伏せて、そんなことを訴えてくる。
リオンは言葉の内容よりも、白い下着に包まれた慎ましい女体に目を奪われていた。
「アルフィラ様と比べると貧相で抱き心地も悪いかもしれませんが……どうか、リオン様の情けを頂ければと思います……」
「き、君は本当にそれで良いのか? 無理はしてないか?」
シュミットは白魚のような肌を真っ赤にさせており、指先は小刻みに震えている。
心の底から望んで、リオンに抱かれようとしているふうには見えなかった。
「……お兄様は亡くなりました。リズベッド様も。我が祖先であるルセルバードによって殺された者達も」
「…………!」
「私だけが無傷で綺麗な身体でいるわけにはまいりません。王家の業を背負い、国を背負う義務が私にはあります。どうせ、王女として生まれたからには政略結婚は免れないのです。ならば、いっそ本物の勇者であり、命の恩人である貴方に身を捧げたいのです……」
「…………わかった」
そこまで言われて、何もせず女性に恥をかかすわけにはいかない。
リオンはシュミットの細い身体を抱き寄せた。
「あ……」
「勇者の子供を産んでくれ」
耳元でささやきかけ、そのまま唇を頬に滑らせてから口づけをする。
(まさか……王女様を先に抱くことになるなんてね……)
公爵令嬢であるアルフィラのために『呪印』を解除するべく尽力したのに、さらに上の地位にいる王族を抱くことになろうとは。
リオンは数奇な運命に苦笑しつつ、シュミットをベッドに押し倒したのである。
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