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4.百年ぶりの故郷

「ここは……えっと、セイルン村だって? 嘘だろう?」


 リオンは困惑して周囲を見回した。

 建物は様変わりしているものの、入口から見える景色はリオンが知るものと酷く似通っていた。

 黄金色の麦を実らせた畑。村を縦断する川。丘の上に立っている一本杉……それらはリオンが幼い頃に毎日のように目にしていた故郷の風景である。


(まさか……ここは本当にセイルン村。俺が生まれた故郷だっていうのか!?)


 どうして、森の中を歩いていたときに気がつかなかったのだろう。

 思い返してみれば、慣れ親しんだ草木の香りがしていたような気がする。メイルらの案内があったとはいえ、少しも迷うことなく森の中を進んでこれた。

 記憶に浮かんでこなかっただけで、リオンの肌はここが生まれ育った土地であると感じ取っていたのかもしれない。


「どうしたの、リオンさん?」


「いや……何でもない。大丈夫だ」


 アルティが不思議そうに訊ねてきた。

 リオンは表情が強張らないように全力を尽くしながら、彼女の顔を見返す。


(そうだ……この娘の顔、髪の色……アリアに似ているんだ)


 リオンには勇者になって村を出るまで、親しく交流していた幼馴染の友人がいた。

 その一人がアリアという名前の一つ年下の少女である。

 アルティの顔は並べてみれば違いは明らかだろうが、血のつながりを感じさせる程度には似ている。


「リオン様?」


(そして、メイナはメープルに似ている。きっと彼女の血を引いているんだ)


 メープルもまたリオンの幼馴染。

 メイナと同じ色の髪と瞳の持ち主で、こちらは一つ年上の姉のような存在だった。

 アリアとメープルとはいつも一緒に行動しており、村の大人達からは「両手に華だな」「いったい、どっちと結婚するんだ?」などと揶揄(からか)われたこともある。


(二人と会ったときの既視感はそういうことだったのか……)


 生まれ育った故郷の村にやってきて、家族のような存在だった幼馴染の子孫らしき二人と出会い……リオンの胸中に強い懐郷の念がこみ上げる。

 百年の時を越えて故郷に戻ってきたが、ここは自分が暮らしていた村ではない。

 父も母も兄も妹もいない。そばにいるのはアルティとメイナであり、幼馴染の二人とは別人である。

 まるで自分だけが世界から取り残されてしまったようだ。リオンは改めて、自分が独りぼっちであることを痛感した。


「リオン様、お疲れでしたら宿屋にお連れしましょうか?」


「ううん、それよりもウチに泊っていったら? お姉ちゃんの作るキッシュは絶品だよ?」


 村の入口で黙り込んでしまったリオンに、アルティとメイナが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 これ以上、年下の女の子達を不安がらせるわけにはいかない。リオンは首を振って、顔に笑顔を浮かべる。


「大丈夫だ。少し、旅の疲れが出ただけだよ。嫁入り前の女の子の家にお邪魔するわけにはいかないし、宿屋に案内してもらえるかな?」


「えー……残念だね。メイナお姉ちゃん」


「仕方がありませんよ。リオン様を困らせてはいけません」


 リオンは二人に案内されて、村で唯一の宿屋へと連れていかれた。

 その宿屋はかつて自分が家族と暮らしていた場所に建っており、もう跡形もない我が家にまた泣きそうになってしまったが。



     〇     〇     〇



 かつての故郷で宿屋に泊ることになったリオンであったが、翌朝、早くから宿を出た。

 体感で十年ぶり。実際の時間軸で百年ぶりの帰郷である。どうしても、行っておきたい場所があったのだ。


(この村もすっかり変わってしまったな……当たり前だけど、知っている人が誰もいないみたいだ)


 田舎の朝は早い。早朝でありながら、すでに村人の姿がちらほらとある。

 畑仕事をしていたり、家畜の世話をしていたり、田舎ならではの風景はリオンにとって見慣れたもの。思い出を揺さぶられる景色だった。

 とはいえ、やはり百年前とは変わっている部分も多いようだ。

 建物の数は明らかに増えている。以前は木とワラで作った馬小屋のような建物ばかりだったが、今はレンガで作られた家が建っていた。

 道も広げられており、馬車がすれ違えるだけの幅がある。

 リオンが暮らしていた頃よりも村が発展しているようだ。他の村との交流も増えているのか、宿屋にはリオンの他にも行商人や旅人が宿泊していた。


(村が発展したのは良いことなんだろうけど……少しだけ寂しい気がするね。自分だけ置いていかれた気分だ)


「お……ここは変わっていないみたいだな」


 リオンがやってきたのは村はずれにある墓地である。

 そこだけはほとんど様変わりしておらず、寂れた空気をそのまま残していた。


「…………」


 神妙な面持ちになりながら墓地を進んでいったリオンは、目的の墓石の前で足を止める。

 いつからそこにあるのか、円筒形の石にはコケが蒸してしまっている。それでも、どうにか刻まれている名前は読むことができた。


「……久しぶりだね。母さん、父さん」


 それはリオンの両親の墓だった。

 勇者に選定されて村を出た時以来、一度も顔を合わせていない両親がそこに眠っている。

 両親にはリオン以外に子供がいなかった。後から弟妹が生まれていないのであれば、リオンの死によって両親の血が途絶えてしまったことになる。


「結局、何もしてあげられなかったね。孫の顔も見せられなかったし、何も残してあげられなかった……」


 リオンが旅立ってから両親はどんなふうに生きてきたのだろう。

 受け取った報酬の一部を仕送りとして送っていたし、何度か手紙のやり取りだってしていた。

 しかし、邪神との戦いが過熱化してからは手紙を受け取る余裕もなく、返事を送ることだってできなかった。

 両親はどのようにして生きてきたのか。リオンが邪神と相討ちになったことを聞いて、どのように思ったのか。


清浄(クリーン)


 ポツリとつぶやいて魔法を発動させると、清らかな風が墓地を吹き抜ける。

 両親の墓石に生えたコケが一掃され、周囲のゴミや落ち葉も消えていく。

 勇者であるリオンが発動した魔法によって、両親の墓だけでなく墓地全域が清浄化されて綺麗になった。


「これで良し……少しは親孝行ができたかな?」


 リオンはふと思い出す。

 そういえば……母親は生前、リオンが二人の幼馴染のどちらと結婚するのかをしきりに気にしていた。

 メープルを選ぶのか。それとも、アリアを選ぶのか。

 二人とも絶対に泣かせるなとか、十歳の子供にはわからないことを言っていた。

 孫の名前とか考えたりもしていて、いくら何でも気が早過ぎると父親から窘められていたものである。


「二人とは結ばれなかったし、孫も見せられなかった。だけど……向こうで再会することができたら、今度こそ良い報告ができるかもしれないな」


 何たって、これから百人も孫を作ることになるのだ。

 あの世で再会したら、喜んでくれるのか怒られるのかどちらだろう。

 リオンは苦笑して、もう一度両親の墓に頭を下げてから墓地から立ち去るのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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