11.豹変の王太子
「……その根拠をお聞きしても、よろしいですか?」
しばしの沈黙の後、アルフィラが口を開いた。
「少なくとも……私が知る王太子殿下は他者を呪うような人物ではなかったはず。ましてや、サフィナを呪うだなんてありえない。どうか、根拠を示してください」
「…………」
やはり……アルフィラは王太子と顔見知りだったようである。
アルフィラの言葉からは、王太子が怪しいと思いながらも、それを信じたくないという感情が透けて見えていた。
(もしかして、恋人とか……いや、それはないか)
色恋沙汰に詳しくないリオンでも、何となくではあるが、アルフィラが王太子に向ける感情が恋愛感情とは違うのではない気がした。
どちらかというと、姉が弟に向ける感情に近い。
「もちろん、説明いたします」
シュエットがどこか思いつめた様子で言う。
彼女もまた、自分の兄が女性を呪っているとは思いたくないのだろう。
「アルフィラ様も知っての通り……兄は心優しく、争いを好まない人間でした。しかし、数年前から変わってしまった。ある時期を境にして、残虐な行動をとるようになったのです」
「ある時期から……?」
「ちょうど、父が倒れて、兄が国王代理として政務を執り行うようになってからです。その頃から兄は変わってしまった。私を王宮から追い出して神殿に追いやり、それまで親しくしていた友人達とも関係を断った。最近では、サウスフレア公爵家の令嬢と婚約していながら、他家の令嬢を側妃として集めるようになりました」
「……昔はそうではなかった。私もサフィナも彼を友だと思っていた」
「はい。私も優しかった頃のお兄様が好きでした。ですが……先日、お会いした際、お兄様は別人のようになっていました。顔立ちも話し方も同じなのに、瞳から『情』が抜け落ちているんです。まるで感情を持たない人形であるかのように」
「…………」
「それに……これは王宮で働いている人間から聞いた話ですが、兄は呪術に傾倒していて、特殊の薬草や呪物などを集めているそうです。状況証拠はそろっています……」
そこまで話して、シュエットが沈痛な顔で黙り込む。
釣られて、アルフィナもまた表情を暗くする。
長く、重苦しい沈黙が部屋の中を包み込んだ。
「あー……それで、王太子殿下が豹変した理由に心当りはあるのかな?」
リオンが軽く咳払いをしてから、訊ねた。
「いえ……病気の父を直すための方法を調べていたようですが、それ以外には特に……」
「俺は王太子殿下のことを知らないんだけど……どんな人だったんだ?」
「優しい御方でしたよ。次期国王としては気弱な性格でしたが、花を愛で、本を読むことを好んでいました。百年前の『大戦』に強い興味を持っていまして、英雄の痕跡や遺物を調べたりもしていました」
「……そうなんだ」
リオンが複雑そうな表情になる。
この国では邪神を倒したのがリオンではなく、ルセルバード・セントラルという何もせず逃げ回っていた男が成し遂げたことになっていた。
王太子もまた、自分の祖先を尊敬して、ルセルバードこそが救世の英雄だと信じていたのだろうか。
「私もかつて、レオバード殿下と親交を持っていた時期がある。もう五年も前のことだがな」
アルフィラもまた、口を開いた。
「私は武術一辺倒で身体を動かすことが好きだったから、殿下とはそこまで気は合わなかったのだが……サフィナも本が好きで趣味が合ったようで、よく本の話をしていた。二人が庭園でアフタヌーンティーを飲みながら、物語の話で盛り上がっていたのを見るのがとても微笑ましかったよ」
「…………」
「サフィナは殿下の正室候補だったんだが……政治的な理由で、サウスフレア公爵家の令嬢が選ばれた。あれからしばらく、サフィナは落ち込んでいたよ」
「それなのに、側室になるようにって誘いを断ったんだな」
「当然だ。公爵家の令嬢を正室ならばまだしも、側妃になどと馬鹿にしている。サフィナも『結婚する前から側妃を集めるような人だと思わなかった』と憤慨していたよ」
「なるほど……」
女性関係も含めて、王太子レオバードが変わってしまったのは事実のようだ。
「実は……明日にでも、お兄様に会いに行こうと思っているんです。前々から面会を申し込んでいまして、ようやく受けてもらえたんです」
「私も同行させてもらえないだろうか?」
アルフィラが間髪入れず、頼み込む。
シュエットは最初からそのつもりだったようで、すぐに頷いた。
「もちろんです。是非とも、御一緒してください」
シュエットの同意を得て、王太子と会うことが決まった。
これで呪いについて問い詰めることができるだろう。
(王太子レオバード……どんな人なんだろうな?)
優しい人物。
フェリエラ達を呪った人間。
いったい、どちらが本当の彼なのだろうか?
暗雲のような重苦しい空気の中、アルフィラとシュエットとの話し合いは終わったのであった。
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