6.鬼退治
娼婦のフェリエラ、スノーウィンド公爵家の三女サフィナ。
二人にかけられた呪いに王太子が関わっている可能性に気づくことができたものの、それで事態がすぐに変わるということもない。
王太子に真相を問い詰めるのがもっとも手っ取り早い手段ではあるが、リオンにそんな伝手があるわけもなく、迂闊に近づけばこっちが犯罪者。
だからといって、他に呪いの解除について調べる手段もない。
もしも呪いを解ける人がいるのであれば、スノーウィンド公爵家がとうに見つけていることだろう。
「怪しい人物がわかっているのに手が出せないとは……歯がゆいな」
「……おい、無駄口を叩いている場合じゃないぞ」
「注意散漫」
「わかっているよ……油断なんてしていないさ」
その日、リオンは王都から少し離れた場所にある山に来ていた。
目的はギルドで受けた依頼の遂行。この山に住みついたオーガの群れの討伐である。
オーガはBランク以上が対象となる魔物。
群れが相手となればさらにランクは跳ね上がり、Aランク冒険者でなければ討伐困難なものになる。
本来であれば、この仕事はAランクパーティーである『北風の調べ』に依頼されるはずだった。
しかし、アルフィラが王太子について調査をしていて手が離せないため、リオンに任されることになったのだ。
本来であれば、ギルドに登録したばかりのリオンがAランクの依頼を受けるなどあり得ない。
しかし……特例として、アルフィラの推薦があること、『北風の調べ』の二人が同行することを条件として、今回は認められていた。
「すでに集落が一つ、襲われて滅ぼされている。一刻も早く、オーガを倒さねばなるまい」
「わかっているさ……ちょうど、そこに出てきたところだしな」
ミランダの言葉に顔を上げると、森の奥にある洞窟から黒い肌の鬼が出てくるところだった。
二メートルの巨体。隆々とした筋肉。そして、頭部に生えた二本の角。
間違いない……オーガである。
「オーガは少なくとも、五匹以上いるんだったな……」
「ああ、アレは見張りというところだろう」
木の陰に隠れて、三人が洞窟の方を窺った。
オーガの巣と思われる洞窟。そこから出てきたオーガは動く様子もなく、入口の前に立っている。
仲間を呼ばれると面倒だ。その前に倒してしまいたい。
「狙撃」
ティアが杖を掲げて、宣言する。
自分が魔法で狙撃すると言いたいのだろう。
「よし、やってくれ。もしもの時はサポートするから」
「りょ」
ティアが短く答えて、小声で呪文の詠唱をする。
頭上に尖った氷の柱が現れた。
魔力によって構築された氷柱の先端がオーガに向けられ……次の瞬間、爆ぜるような勢いで放たれる。
「グガッ……!」
オーガの首に氷柱が突き刺さる。
短く呻いたオーガが倒れるが、まだ息があった。
手で這いながら、洞窟の中に逃げ込もうとしている。
「いけない……仕留めねば!」
ミランダが木陰から飛び出し、オーガに向けて走る。
しかし、その横を突風のような勢いでリオンが追い抜いていった。
「『吹けよ剣』」
リオンの手に逆巻く風の剣が出現した。
リオンが有する魔法剣……その中でも、最速の一撃である風の魔法剣だ。
「フッ!」
目にも止まらぬ速度で放たれた斬撃がオーガの首を落とす。
頭部を失ったオーガが力なく四肢を地面に投げ出し、そのまま動かなくなる。
「これで見張りは潰したな。あとは洞窟の中にいる敵だけか」
「ム……」
出番を奪われたミランダが不服そうに唇を尖らせた。
以前の決闘で思い知ったが、リオンはミランダよりも剣士としてずっと高みにいる。
魔法においても、ティアよりも腕前は上。
(剣と魔法の両方に長けているだなんて、まるでアルフィラお嬢様ではないか……!)
ミランダが敬愛する主人……アルフィラもまた、剣と魔法に長けた『魔法剣士』である。
嫌いな男が主君と同じ場所になっているなど、ミランダとしては納得しかねることだった。
「さて……それじゃあ、洞窟に入って……どうした?」
「問題ない! さっさと行くぞ!」
ミランダが怒った様子で言って、率先して洞窟に入っていく。
リオンは首を傾げてその後ろを続き、ティアも後からついてきた。
三人はオーガの住処である洞窟へと、足を踏み込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
三人はできるだけ音を立てないように注意して、慎重に先に進んでいった。
洞窟は暗い。奥に行くほど、光が届かなくなる。
松明を焚いて明かりを灯したいところだが……奥にいるオーガに気取られてしまう。
「『視覚上昇』」
ティアが魔法を発動させる。
視力を向上させる魔法によって、暗闇の中でもどうにか洞窟の内部を見えるようになった。
「器用だな。補助魔法も使えるのか」
「当然」
ティアがピースサインをする。
リオンは攻撃魔法が得意だが、補助系統の魔法は苦手だった。
飲み水を出したり、身体を清めたりする程度はできるが……ティアほど器用に魔法は使えない。
「……この先に気配がするな。警戒しろ」
ミランダが小声でつぶやく。
「わかるのか?」
「もちろんだ。私はこう見えても、気配に敏感だからな」
「フンッ!」と鼻を鳴らして、ミランダが言う。
「数はおそらく五体。それとは別に小さな気配があるな。もしかすると……人質になっている人間がいるのかもしれない」
ミランダがかなり詳細な情報を教えてくれる。
どうやら、ミランダは剣士でありながら斥候の才能があるようだ。
『北風の調べ』はアルフィラのワンマンチームだと思っていたのだが、どうやら、ミランダとティア、それぞれに役割があるらしい。
そのまましばらく進んでいくと、徐々に視界が明るくなってくる。
視覚向上の魔法がなくとも、先が見えるようになってきた。
「これは……」
「グギャッ、グギャッ!」
「グゲヒャヒャヒャヒャッ!」
洞窟の奥には、開けた空間が広がっている。
広々とした空間の中央では数体のオーガが集まっていて、酒盛りをしているようだ。
オーガの数はミランダが指摘していた通りに五体。
そして……彼らの向こう側には、数人の女性、子供が地面の上に力なく座っている。
「……おそらく、近隣の集落から攫われてきたのだろう。化物が」
ミランダが忌々しそうに吐き捨てる。
オーガはオークのような一部の魔物とは異なり、人間と生殖行為をすることはない。
人間を攫ってきた目的は、食料として食べることだろう。
実際、壁際には食いカスと思われる骨が捨てられている。人間のものに間違いなかった。
「……戦うのは問題ないが、人質を取られたら面倒だね」
いくらリオンとはいえ、オーガ五体を瞬殺はできない。
彼らを倒しているうちに、捕まっている女性や子供が傷つけられる可能性があった。
「眠る」
しかし、ティアがおかしなことを言い出した。
「眠る? ここで?」
「眠る」
「違うわ。ティアは魔法で敵を眠らせると言っているんだ」
「ああ……そういうことか」
ミランダの注釈に、リオンが納得して頷いた。
つまり、魔法でオーガを眠らせておいて、その隙に捕まっている者達を助けろということか。
「しかし……できるのか、相手は五体もいるぞ?」
「お酒、余裕」
「ああ、確かにな」
今度はリオンにもわかった。
酒を飲んで酔っ払っているから、眠りやすくなっていると言っているのだ。
リオンは頷いて、ティアに魔法を使ってくれるよう促した。
「『眠りの誘い』」
ティアが詠唱をして、魔法を発動させる。
すると……ティアの杖の先端から甘い香りが漏れてきて、奥にいるオーガへと向かっていく。
「グガッ……」
眠りの芳香に包まれたオーガがトロンとした目つきになり、一匹、また一匹と眠りについていく。
やがて、五体のオーガは残らず眠ってしまい、「ガーガー」と大きなイビキを上げだした。
「よし……もう大丈夫だな」
「ああ、彼女達を助けよう!」
リオンが岩肌の影から出て、ミランダも小走りで捕まっている者達の方へと向かう。
ティアは魔法を発動させつつ、油断なく眠ったオーガを見つめている。
「あとは、眠ったままのオーガを仕留めれば依頼達成。無事に終わって良かったよ」
「ガー、ガー……」
リオンは魔法剣を発動させ、大きな寝息を立てているオーガに振り下ろそうとする。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ッ……!」
しかし、そこで絹を裂くような悲鳴が放たれる。
洞窟の壁に反射してこだましている悲鳴に、リオンが思わず声の方に目を向けた。
「助けて! お願いだから助けて! 殺される殺される殺される殺される……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「お、落ち着け! もう大丈夫だから静かにしてくれ!」
絶叫を上げたのは捕まっていた女性の一人である。
ミランダにしがみついて、半狂乱になって助けを求めていた。
「不味……!」
「グガアッ!」
女性の悲鳴を聞いて、オーガの一匹が目を覚ましてしまった。
オーガは手近にあった酒瓶を掴んで、傍にいるティアに向けて横薙ぎに振る。
「…………!」
「危ない!」
咄嗟にリオンがティアの腕を引いて、彼女を庇った。
丸太のような腕が降り抜かれ、酒瓶がリオンの横面に叩きつけられる。
ボキリと骨が折れるような嫌な音が、洞窟の中に小さく響いた。
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