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1.スノーウィンド公爵家

 ミランダ・アイス、ティア・アックアとの決闘を経て……リオンは後からやってきたアルフィラに、全てを明かすことにした。


 ここでいう全てとは……リオンの素性とこれまでの経緯について。

 百年前、勇者として戦って邪神を討伐したこと。

 天上で女神と話して、現代に復活させられたこと。

 邪神の復活に備えて百人の子供を作らなければいけないこと。また、そのために残された時間が一年弱しかないこと。

 勇者の母親になってくれる女性を探していることまで。


「そうか……話はわかった」


 一通りの情報を明かすと、アルフィラ・スノーウィンドは難しい表情で考え込む。


 場所は都の外の平原から変わって、スノーレストの中央にある大きな屋敷。

 領主であるスノーウィンド公爵家の邸宅である。

 リオンとアルフィラは公爵邸の一室で二人きり、テーブルを挟んでソファに座っていた。

 話が長くなるので場所を変えたいと提案したところ、アルフィラに公爵邸に連れてこられたのだ。


「わかった、わかったが……正直、信じがたいな。君が邪神を滅ぼした勇者本人だなんて」


「そうだろうね、俺だって他人事だったら信じないと思うよ」


 ソファに座りながらリオンが肩をすくめる。


「それでも……俺が話したことに一切の偽りはない。それは保証する」


 リオンは真っすぐにアルフィラの瞳を見つめて、断言した。


「俺はどうしても百人の子供を作らなければならない。だから……貴女に手助けしてもらいたい。Aランク冒険者にして公爵令嬢という立場と力をどうか俺に貸してもらいたい!」



 あえて情報を明かした目的……それはアルフィラに使命達成の助力をしてもらうためである。

 リオンは『百人の子供を作る』という目標到達を独力で成し遂げることに、限界を感じていた。

 金も知恵も地位も権力も……時間すらもリオンには足りない。

 この使命を無事に達成するためには、全てを明かしたうえで協力してくれる仲間が必要だった。


(考えても見れば……邪神を倒したのだって俺一人の功績じゃない。一人で出来る仕事はたかが知れている。大きなことを成しとげるには、手を取り合う戦友が必要なんだ)


 その点、アルフィラを仲間に引き入れることができればかなり大きい。

 たとえ彼女が次世代の勇者の母親になってくれなくても……その地位と力、ついでに知恵を与えてくれるだけでも十分にやりやすくなる。


「信じられないことはわかっている。それでも……無理を承知でお願いする。俺のことを信じて欲しい。貴女しか頼れる人間がいないんだよ」


「…………」


 リオンが真摯に訴えかけると、アルフィラはかなり長い時間考えてから首を振った。


「……君が嘘をついているようには見えない。それでも、妄想や空想ということもある。やはり信じられない」


「それは……」


「まずは私の話を聞いてくれ。君は自分こそが勇者だと言ったが……この国で語り継がれている歴史書に『リオン・ローラン』という名前はないんだ」


「へ……?」


 リオンは首を傾げた。

 自分の名前が残っていない……たった百年で失伝してしまったとでもいうのだろうか?


「この国に伝わっている勇者の名前は『ルセルバート・セントラル』。セントラル王国の中興の祖と呼ばれている御方だ」


「はあ!? 何だって!?」


 リオンは思わずソファから立ち上がった。


「そんな……勇者は間違いなく俺だ! 俺が邪神を倒した……間違いない!」


 声を大にしてまで手柄を主張したいわけではないが、自分が成し遂げた功績が他人のものになっているのは流石に許せない。

 自分の手柄が奪われているというのなら、仲間の功績はどうなったのだろう?


「ん……ルセルバート、ルセルバートって……?」


 ふと記憶の琴線に引っかかるものがあり、リオンは眉をひそめた。


「その名前はどこかで……もしかして、『臆病者のルセルバート』か!?」


 リオンは目的の記憶にたどり着き、大きく目を見開いた。


 ルセルバート……ファミリーネームは知らなかったが、その人物は大戦期に貴族出身者が集められた『蒼き血』という部隊の指揮をしていた人物だ。

『蒼き血』は自分達は高貴な存在で選ばれた戦士だと威張り散らしていたのだが……初陣の戦いで敵前逃亡をして、それからずっと後方支援とは名ばかりに戦場から逃げ回っていた者達である。

 味方を見捨てて敵から逃げ回っていた指揮官……ルセルバートのことを、口が悪い者達が『臆病者のルセルバート』と揶揄していた。


(まさかアイツが王家の人間……貴族を束ねていたから有り得なくはないが、まさか王族だとは思わなかった)


「どうして、アイツが勇者だなんて……ありえない」


「ひょっとすると……セントラル王家が勇者の功績を奪うため、君の存在そのものを抹消したのかもしれないな。もちろん、君の言葉が正しいと仮定すればの話だが」


「…………」


 リオンが肩を落として、ソファに深々と座り込む。


(別に報酬が欲しかったわけじゃない。名誉を手に入れたかったわけじゃない……だけど、まるでいなかったみたいに存在を消されてしまうだなんて、あんまりだろう)


「大丈夫かい……?」


 落ち込んだ様子のリオンに、アルフィラが痛ましげな瞳を向けてくる。


「君の話を信じたわけではないが……それでも、君が強い意思をもって何かを背負っていることはわかる。たとえ歴史に名が残らずとも、君が成した事が無かったことになるわけではないだろう」


「お気遣い、感謝するよ……アルフィラさん」


「アルフィラで良い。私も君のことはリオンと呼ばせてもらおう」


 アルフィラが穏やかに微笑みながら、曇りなき眼で見つめてきた。

 磨き抜いた刃のような眼差しだ。リオンの話を眉唾に思いながらも、それでも尊重してくれているのが伝わってくる。


「私は君が勇者だというのも信じられないし、王国の歴史書に刻まれた偉人であるルセルバード王が偽勇者だったとも信じられない。だが……個人的な印象として君のことは信じてあげたいと思っている」


 アルフィラが神妙な面持ちで、ゆっくりと言い含めるようにして言う。


「だから……君に一つ頼み事をしたい。もしも私の願いを叶えてくれたのであれば、君の言い分を信じて可能な限り手を貸すことを誓おう」


「……その頼み事というのは?」


「私の妹を助けて欲しい」


 アルフィラがリオンをまっすぐに見つめながら、説明する。


「スノーウィンド公爵家には三人の姉妹がいる。上の姉はすでに婿を取っていて公爵家を継ぐための準備をしているのだが、妹がある事情によって臥せっているのだ。どうにか妹を助ける方法を探してもらいたい」


「臥せているということは病気か? 生憎と、俺は医者ではないのだけど」


「医者にはすでに匙を投げられた。それに……厳密には病ではない」


 アルフィラがソファから立ち上がった。

 部屋の入口に歩いていき、ドアノブを回して廊下に続く扉を開く。


「説明するよりも見た方が早い。こっちに来てくれ」


「…………」


 リオンは言われたとおりに、アルフィラに続いて部屋を出る。

 彼女の背中を追いかけて廊下を歩いていくと、公爵邸の奥にある一室へとたどり着いた。


「サフィナ、入るぞ」


 アルフィラが部屋のドアをノックする。中から返事はなかったが、アルフィラがドアを開いて中に入る。


「ああ……今日は顔色が良いじゃないか。気分が良いのかい?」


「……失礼します」


 アルフィラに続いてリオンが部屋に入ると、薄暗い部屋には一人の少女の姿がある。


「…………!」


 その少女はベッドで上半身を起こして座っていた。

 髪の色はアルフィラと同じくプラチナ色。ぼんやりと宙を見つめる瞳も同じく碧眼である。

 しかし、それ以上に目につくのは彼女の虚ろな表情だった。

 その少女は人形と見間違うほど感情が抜け落ちており、アルフィラの呼びかけを受けても一切の反応がなかったのである。


「アルフィラ、その子はいったい……?」


「ああ……一年ほど前からこんな状態なんだ。それまでは明るくて腕白な性格だったんだけどね」


 アルフィラが表情を曇らせて説明する。


「一年前、私の妹であるサフィナ・スノーウィンドは急に倒れてしまい、一人では食事すらままならない状態となってしまったんだ。言葉をかけても反応はなくて、御覧の通り、まるで魂が抜け落ちた人形のようになっている」


「病気……じゃないんだよな? 原因はわかっているのか?」


「ああ……すまない、サフィナ」


 アルフィラが妹に謝罪をしてから、身体にかけてある布団を退ける。

 そして、何を思ったのかリオンが見ている前で寝間着のネグリジェを捲り上げたのだ。


「うわっ!」


 リオンは慌てて、少女の柔肌から目を逸らした。

 白い太腿と水色の下着が一瞬だけ見えてしまったが、罪悪感から記憶を消し去ろうとする。


「これを見てくれ」


「見ろって言われても……」


「いいから。話が進まない」


「う……」


 リオンは恐る恐る姉妹の方へと視線を戻して……驚愕から目を見開いた。


「それは……呪印か?」


 捲り上げられたネグリジェ。露わになった少女の腹部には無数の黒い文字が虫のように這っていた。

 呪いの刻印……呪印である。


「医師の話では、これは呪術師によって呪いをかけられた証であるという。病ではないからどうにもならないと話していた」


「…………」


「リオン。君がこの呪いを解いて妹を助けてくれたのであれば、私は君のことを勇者だと認めよう。私が持てる全力をもってして、君の活動をバックアップさせてもらう。だから……サフィナのことを救ってもらえないだろうか?」


 アルフィラが懇願する。

 よほど妹が大切だったのか、瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、唇も小刻みに震えていた。


「もしも、君が妹を救ってくれたのであれば……私は君の子を産もう。勇者の母になってもいい」


「…………!」


 公爵令嬢にして最強の冒険者であるアルフィラは、驚いて固まっているリオンにそう宣言したのである。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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