13.告白
「ティア!」
「ん、強化魔法」
二人の行動は早かった。
ミランダの要請に応えて、ティアが即座に強化魔法を施す。
緑色に輝く魔法の光に包まれて、ミランダが地面を蹴る。
「喰らえ!」
「へえ……」
ミランダがリオンめがけて、正面から刺突を繰り出してきた。
小細工が通用する相手ではないと悟ったのだろうか……小気味良いほどの真っ向勝負である。
「悪くないね。だけど……だいぶ遅いよ」
「カハッ……!」
リオンが軽く手首を動かすと、それだけで右手の水剣が蛇のようにしなってミランダの腹部を殴打する。
飛びかかってきた時以上の勢いで、後方に向かって転がっていく。
「援護射撃」
「ふうん?」
相棒が吹き飛ばされたのを目にしながら、ティアが動揺一つ顔に浮かべることなく魔法を放ってくる。
ティアが掲げた杖の周囲に複数の光球が現れて、リオンめがけて一斉に襲いかかってきた。
「こっちも悪くないね。冷静な判断だ」
リオンが再び手首のスナップで水剣を操作して、飛んでくる光球を迎撃する。
ムチのようにしなる水剣で打たれた光球が跡形もなく消滅した。
ただの水と侮ってはいけない。
勇者であるリオンが膨大な魔力を込めて生み出した水剣には数百リットルもの質量の水が凝縮されており、その硬度は鋼にも匹敵している。
魔法の補助なしで喰らっていれば、骨まで粉砕したことだろう。
「射撃、射撃、射撃、射撃……」
光の弾丸を打ち落とされながらも、ティアはなおも魔法を放ってくる。
数十、数百……数え切れない光球が砂塵を巻き上げながら、リオンに向けて殺到した。
無表情で魔法を行使するティアであったが……その額には玉のような汗が浮かんでおり、膝がガクガクと震えていた。
対するリオンはすでに発動している魔法剣を振っているだけなので、魔力の消耗はない。
水剣の操作も手首の動きだけで最小限に行われおり、体力が減っている様子もなかった。
「あまり頑張るなよ……倒れてしまうよ?」
「……不倒不抜」
「良い覚悟だ。そんなに俺が殺したいのかな?」
「…………守る」
「……目的は主人を守ることか。忠臣だね」
リオンを殺したいのではない。アルフィラを守りたいのだ。
「その心意気は大いに買うけど……俺も大人しく殺されてやるわけにはいかないな。さっさと倒れてくれると有り難いね」
「……油断大敵」
「お?」
リオンはそこで気がついた。
さっきまで地面に倒れていたミランダの姿が消えている。かなり強烈な一撃を叩きこんだはずなのだが。
「殺ったあああああああああああああああ!」
「…………!」
魔法によって生じた砂塵のカーテンに身を隠して接近したのだろう。
いつの間にか背後に回り込んでいたミランダが剣を上段に振り上げ、一気呵成に斬りかかってきた。
「いいね……!」
迫りくる白刃を前にして、リオンは思わず感嘆符をこぼした。
アルフィラと比べて、大した実力ではないと思っていたが……この二人の覚悟は本物。
コンビネーションもかなり完成されており、お互いの力を存分に引き上げていた。
「ッ……!」
ガキン、と金属が衝突するような音が鳴る。
ミランダが剣を振り下ろした姿勢のまま、表情を歪めた。
「……良かったよ。昔の仲間を思い出した」
リオンが穏やかな声音でつぶやく。
その左手には透明の盾が出現しており、ミランダが放った斬撃を受け止めている。
「これは……」
「魔法で剣が作れるんだ。盾だって作れるだろう」
「…………!」
ミランダの剣を受け止めたのは分厚い氷の盾である。
リオンは水剣を構成している水分を材料として、魔力で強化することで堅固な盾を生み出したのだ。
「惜しいね。残念賞だ」
「グッ……」
リオンが左手の盾で剣を弾き、そのまま回し蹴りを放つ。
鋭い蹴撃が弧を描いてミランダの頸部を薙ぎ、今度こそ地面に沈める。
「悪夢……」
ティアが憔悴しきった様子でつぶやく。
とうとう魔力が尽きたのか光球の連射が止まり、そのまま崩れ落ちるようにして地面に倒れる。
気を失った二人にとって、その戦いはまさに悪夢だった。
渾身のコンビネーション。完全に不意を突いた一撃であったのに、かすり傷すらつけることなく防がれてしまったのだから。
何よりも恐ろしいのは……リオンは背後から迫るミランダの奇襲を捌きながら、右手の水剣でティアの魔法を叩き落としていた。
どれほどの力量。どれほどの実戦経験があればこんな神業が可能なのだろう。
途方もない実力差を思い知りながら、二人の意識は完全に闇に飲み込まれていったのである。
「これで戦闘終了。俺の勝利だけど……」
さて、どうしようか。
子供を孕ませるなどと宣言して戦いに臨んだリオンであったが、戦っているうちに頭が冷えていた。
仮に彼女達をここで抱いたとして、それが何になるというのだろう?
(無理やりに抱いて孕ませたとしても、生まれてきた子供が勇者として世界を救ってくれるのかな? 親から愛情を受けられる保証もないし、かえって世界を憎んでしまうんじゃないか?)
世の中には、望まずして授かった子供でも愛せる親はいるにはいる。
しかし、この二人がそうであるという保証はなかった。
「やっぱりダメかな。ここは大人しく引き下がって……」
「……ミランダ、ティア?」
「…………!」
リオンの耳にこの場にいないはずの女性の声が聞こえてきた。
声がした方角を振り返ると……そこには、倒れている女性二人の主人が立っている。
「アルフィラ……さん」
「これはいったい……どうして、二人が倒れているのだ?」
アルフィラは目を見開いて、倒れている二人を見つめていた。
(これって……もしかすると、かなり不味いんじゃないか?)
アルフィラの姿を前にして、リオンは背筋に汗を流した。
ミランダとティアは、リオンにとって突如として襲ってきた暴漢のような存在である。
しかし……アルフィラにとっては大切な従者。信頼すべき家臣のはず。
(場合によっては、こっちが加害者だと受け取られかねない……まさかの連戦か?)
ここでアルフィラと戦うことになってしまうのか。
アルフィラの実力は正確には知らないが……身に纏っている気配は大戦期の強者のオーラ。
リオンであっても無傷で勝利できるという保証はなかった。
「君は昨日の……リオン君だったか?」
「…………!」
アルフィラがリオンに目を向けてきて、キッと眦を吊り上げた。
「これは君がやったのか? 新人冒険者である君が二人を倒したというのか?」
「…………ああ、その通りだ」
「…………そうか」
アルフィラが唇を噛み、さらに目元の険を強くさせる。
「そうか、君が彼女達を……!」
「ッ……!」
ズンズンとした足取りで距離を詰めてくるアルフィラに、リオンは思わず身構えた。
「――すまなかった!」
しかし、アルフィラの口から飛び出てきたのは予想外の言葉だった。
プラチナの美しい髪が地面につきそうになるほど頭を下げて、リオンに向けて謝罪する。
「またしても、この子達が暴走してしまったのだろう? 前々からやめるように言っていたのだが……まさか、ここまでのことを仕出かすとは思わなかった!」
周囲には魔法によってつけられた破壊痕が色濃く残されていた。
特に爆破魔法によるものが酷い。平原の一帯が焼け焦げており、今も残り火が黒い煙を上げている。
「えっと……アルフィラさん、君はどうしてここに来たんだ?」
「城門の警護をしていた衛兵に連絡を貰ったのだ。この二人が男性に武器を突きつけて、都の外へ出ていったと。それで慌てて追いかけてきたのだ」
「ああ……なるほど」
どうやら、見て見ぬふりをしていた門番も最低限の仕事はしていたらしい。
自分達ではどうにもできないので、暴走する狂犬の飼い主……アルフィラに知らせに行ってくれたようだ。
「本当にすまなかった……お詫びに慰謝料や賠償金は支払う。この二人にも償いはさせる。だから……どうか、命だけは見逃してあげて欲しい」
「命だけは……ね。牢屋に押し込むのは問題ないってことか?」
「……当然だ。この子達はそれだけのことをした。私におかしな告白をしたことくらいで相手を襲うだなんて、許されない」
アルフィラは頭を上げて、周囲の破壊痕を見回した。
「これまでにも何度か騒動を起こしてはいたのだが、いずれもケンカで済まされるレベルだったし、相手の男性にも非があったので見逃していた。だが……さすがにこれを罰しないわけにはいかない」
アルフィラは辛そうに表情を歪めて、もう一度頭を下げる。
「それでも……この子達は私にとってかけがえのない友人なんだ。幼い頃から一緒にいる幼馴染だ。どうか命だけは奪わないでくれ。お願いだ」
「…………」
勝者であるリオンには倒れている二人の生殺与奪の権利がある。
二人はおかしな言いがかりをつけて、リオンの命までも奪おうとした。リオンが彼女らを殺したとしても、何ら咎められることはないだろう。
「……最初から殺すつもりはないよ」
だが……リオンは肩をすくめて、アルフィラの謝罪を受け入れた。
「結果論ではあるけれど、俺もこうして無傷でいる。もちろん、加害者二人にはペナルティを受けてもらうが……命まで寄こせというつもりはない」
「ありがとう……本当に、何とお礼を言って良いか……!」
「ム……」
アルフィラが頭を上げて、リオンの掌を両手で握ってきた。
「この御礼と謝罪は必ずしよう……何か要望があるようだったら言ってくれ。可能な限り叶えさせてもらう!」
「あ、ああ……そうか」
リオンは掌を包み込んでくる感触にわずかに動揺した。
剣術を習い、冒険者として活動しているわりに、思いのほか柔らかな手だった。
(Aランク冒険者といえど女性ということか……もしかして、これって千載一遇のチャンスなのか?)
今回の一件でアルフィラに対して大きな『貸し』ができた。
これを盾にすれば、多少の無茶は聞いてくれそうである。
(二人を許すから勇者の子供を産んでくれ……は無理だな。いくらなんでも、要求が大きすぎる)
家臣が暴走したからといって、主である公爵令嬢に子を孕めというのは荷が勝ち過ぎだろう。
間違いなく拒絶されるだろうし、アルフィラが受け入れたとしてもスノーウィンド公爵家の人間が許すまい。
(シンプルに金銭で済ませても構わないが……せっかく公爵家の令嬢でAランク冒険者と渡りが付けられたんだ。もっと他に良い頼み事が……)
そこでふと、リオンの頭に天啓が下りてきた。
(そうだ、この方法なら……!)
「……それじゃあ、お願いがあるんだけど構わないか?」
「もちろんだ、言ってみてくれ」
アルフィラが快く了承すると、リオンは「コホン」と咳払いをしてから問いかける。
「アルフィラさん……君は女神の存在を信じるかい?」
「女神……?」
リオンの言葉にアルフィラが瞳を瞬かせる。
どうして、急にそんなことを口にしたのだろう……端正な表情には疑問符が浮かんでいた。
「もしも……もしも、俺が邪神を倒した勇者だと言ったら、貴女は信じるだろうか?」
リオンは一つの覚悟を決めて、核心に迫る情報を開示したのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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