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11.右壁と左壁


「……朝か」


 目を覚ましたリオンは壁に掛けてある時計に目を向けた。

 すでに昼近い時間になっている。どうやら、熟睡してしまったようだ。


「んっ……」


 身体を起こして布団をのけると、隣に寄り添うようにして眠る女性の姿があった。フェリエラだ。

 長いまつ毛を生やした瞳を閉ざして、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。


(そういえば……疲れていると言っていたな。俺のせいで)


 一昨日の夜に無理をさせてしまったせいで、フェリエラは憔悴しているようだった。

 こうしてリオンが目覚めても起きる様子がないのも、そのためだろう。


「悪かったな……ゆっくり休んでくれ」


 リオンは苦笑しながらベッドから出て、出来るだけ音を立てないように衣服を直す。

 そして、枕元にチップとして金貨一枚を置いてから部屋を出る。


 一階の受付カウンターまで降りてくると、男の店員がリオンに気がついて皮肉そうな笑みを浮かべた。


「おっと……昨晩もお楽しみだったみたいだな。こんな時間まで寝こけちまって」


「……別に楽しんでないが」


「照れるなよ。良い気分のところを申し訳ないが、時間を過ぎているから延長料金を貰えるかい?」


「そういうのもあるのか……」


 どうやら、寝すぎたようである。

 リオンは提示された金額よりも少し多めのコインをカウンターに置く。


「フェリエラに精の付くものでも食べさせてやってくれ」


「おお……金払いの良い客は嫌いじゃないぜ」


「それは良かった」


「待ちなよ……フェリエラはもう何ヵ月もまともな客がついていない」


 そのまま立ち去ろうとするリオンに、店員が不穏な話を始めた。


「アンタが買ってくれなきゃ、呪いに侵された貴重なサンプルとしてどこぞの研究機関に引き取られていただろうな」


「…………」


「睨むなよ。金にならない女をウチの店も置いておけないって話さ」


 わずかに殺意を漏らしたリオンに、店員が降参するように両手を上げる。


「もちろん、俺達にだって情はある。無残な末路を迎えるとわかっている場所に店の女を追いやりたくはない……だから、アンタが来てくれて助かったよ。礼を言う」


「…………そうか、それは良かった」


「また来てくれよ。フェリエラも待ってるだろうよ」


「…………」


 そんな店員の言葉には答えず、リオンは娼館から外に出た。


 すでに太陽は頭上まで昇っている。

 街はすでに目を覚ましており、大通りに出ると多くの人々が行き交っていた。


「さて……今日はどうしようかな」


 引き続き、冒険者ギルドで資金稼ぎをするか。

 それとも……別のやり方で勇者の母親になってくれる女性を探すか。


 相変わらず道先は暗く沈んでおり、希望は見えていない。

 しかし……不思議と気分は悪くはなかった。


『些細なきっかけで道が開けることもあるでしょうし、悩むのは明日からでも遅くはないと思いますよ?』


(これもフェリエラのおかげだな。彼女に感謝しないと)


 悩んでいるよりも、我武者羅にでも前に進んだ方が良い。

 小さなきっかけで問題が解決することもあるだろうし、今はできることから始めるとしよう。


(冒険者ギルドだな……どうせやるべきことは定まっていないんだ。これからのことを考えて金だけでも稼いでおこう)


 リオンは昨日よりも軽くなった足取りを冒険者ギルドへと向けた。


「そこの男! 待ちなさい!」


「待つです……」


「ん……?」


 しかし、そんなリオンの出足を払う声があった。

 振り返ると、そこには二人組の女性がリオンに向けて敵意の眼差しを向けている。


(誰だ? どこかで見たような……?)


 リオンが怪訝に目を細めると、二人は聞いてもいないのに勝手に名乗りを上げてくる。


「『北風の調べ』――ミランダ・アイス!」


「同じく、『北風の調べ』――ティア・アックア……」


「アルフィラ様に不埒な目を向ける不届き者め!」


「成敗するです……」


「…………はあ?」


 突如として謎の宣言をしてくる二人。

 リオンは頭の上に疑問符を浮かべて、眉をひそめる。


「『北風の調べ』……そうか、彼女の仲間か」


(そういえば……ギルドの前で会ったな。アルフィラのことばかりで印象は薄いけど)


 リオンは昨日の記憶を探りながら、口を開いた。


「ああ……君達はアルフィラさんの……」


「アルフィラ『様』だ!」


「アルフィラ『様』」


 二人がきっぱりと言う。


「アルフィラ様は冒険者であると同時に公爵令嬢でもあらせられる! 口の利き方には気をつけろ!」


「……失礼した。アルフィラ様の仲間だな?」


 リオンは口論することなく、言葉を訂正して聞き直す。


「その通りだ! 我らはスノーウィンド公爵家に仕える臣下にしてアルフィラ様の護衛役! 『右壁』のミランダとは私のことだ!」


「『左壁』のティア……」


「…………そうか」


 それはもう誇らしそうに、堂々と二つ名らしきものを口にする二人。

 リオンは妙に切ない気持ちになって頷いた。


(百年前にもいたな……こんな奴ら)


 大戦時代にも、誰が考えたかもわからない二つ名を自分から口にする輩がいたものである。

 その多くは口先だけで実力が伴わず、早々に戦線から離脱していった。


 彼女達もその手の連中なのだろうか。

 アルフィラが連れているくらいだから雑魚ではないのだろうが……やはり彼女ほど強者の『圧』は感じられない。


「それで……壁の君達が俺に何の用だ?」


「アルフィラ様に薄汚い邪心を向けるとは許しがたき所業である!」


「極悪非道」


「愚かな男め……私達が成敗してくれようぞ!」


「地獄直行」


「……君達の仲がとても良いことはわかったよ。しかし、成敗とはね」


 今時、珍しい輩がいたものである。

 せっかくフェリエラのおかげでスッキリとした気分だったのに、疲れる連中に出くわしてしまったらしい。


「確かに俺はアルフィラ様に失礼なことを言ってしまったけど、すぐにフラれたぞ? 別に実害があったわけでもあるまいし、御礼参りには早いだろう?」


「実害があってからでは遅い! アルフィラ様に危害を与える前に我らが止める!」


「未然防止」


「…………」


 問答無用とはこのことだろうか。

 大通りで騒いでいる彼女らに、道行く人々がヒソヒソと小声で話しはじめる。


「おい……アイツらってアレだろ?」


「ああ、スノーウィンド公爵の家臣だよ。昼間から騒がしいなあ」


「あそこの領主様は過保護だからな……娘に近づく虫は許さないそうだぜ」


「主が主なら、家臣も家臣でしょう? あの娘達、この間もお嬢様に手を出そうとした男を半死半生にしたんだって」


「道理でアルフィラ様もお年頃なのに男の影がないわけだ。あれだけの美人なら引く手数多(あまた)だろうに」


 会話から察するに、彼女達は日常的に主のアルフィラにちょっかいをかける男を叩きのめしているようだ。

 リオンを倒すと言っているのも、アルフィラに対して「子供を産んでくれ」などと要求したことが原因だろう。


(俺が悪いのは間違いないが……領主の家臣が町の住民を襲うというのもかなりの問題じゃないか?)


 それとも……領主がこの娘達がやらかした暴行や傷害を揉み消しているのだろうか?


「さあ、かかってきなさい!」


「私達が相手……」


「かかってこいって……ケンカを売ってきたのは君達の方だろう?」


 呆れながら訊ねると、二人は小馬鹿にするかのように鼻で笑う。


「フンッ! わかっていないようだな……私達は公爵家の臣下だ!」


「私達から手を出す。ダメ絶対……」


「だから、貴様の方から殴りかかってこい! それなら正当防衛が成立する!」


「えっと……もしかして、君達って馬鹿なのか?」


 馬鹿である。まぎれもなく。

 それでも、馬鹿なりに町の人間に自分達から手を出してはいけないというルールは決めているのだろう。


「……俺が付き合う義理はないな。悪いけど、勝手にやっていてくれ」


 相手にするまでもないだろう。

 リオンは背中を向けて、ギルドに向けて歩き去る。


「待て! 逃げるか!?」


「臆病者。チキン。ハゲネズミ」


「敵に背を向けるとは戦士の名折れ! 恥を知れ」


「バーカ、バーカ、アーホ」


「……子供なのか?」


 二人がリオンに罵倒を浴びせながら付いてくる。

 こんな奴らが公爵令嬢の護衛で大丈夫なのだろうか……他人事ながら心配になってきてしまう。


「勝負しなさい、勝負! 逃げるんじゃない!」


「断固対決」


「いや、逃げるよね。戦っても俺に得はないんだから」


「私達に勝てたらお金をあげるわ! それでいいでしょう!?」


「マネーウォーズ」


「いらないよ……女の子を叩きのめして手に入れた金なんて」


「クッ……こうなったらあ!」


「最後の手段」


 二人がリオンの進行方向上に回り込み、両手を広げて進路を塞ぐ。


「おい……」


「私達に勝ったら褒美をやろうではないか!」


「背水の陣」


 抗議をしようとするリオンに、二人が言葉をかぶせるようにして宣言する。


「もしも我らを倒したら、この身体を好きにするがいい!」


「出血大サービス」


「……………………はあ?」


 とんでもないことを叫びながら、二人が服をはだけて胸や尻を強調するようなポーズをとる。


 リオンはあまりの急展開……鼻先にぶらさげられたニンジンに言葉を失ってしまった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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