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7.勇者のひとめぼれ


 ギルドに依頼達成と素材の買取に訪れたリオンであったが、初対面の冒険者から決闘を挑まれてしまった。

 リオンと男はギルドの外に出て、建物の前の通りで向かい合う。

 すでに日は沈んでおり、通りを行く人は少なくなっている。

 しかし、ギルド内にいた冒険者らが面白半分に見学に出てきているため、それなりに賑やかになっていた。


「うーん……どうして、こうなるかな? 俺って、もしかして悪いことを言ったか?」


 これまでの経緯を思い浮かべ、リオンは不思議そうに首をひねる。

 少し離れた場所には、ゼルスという名前の冒険者が目を吊り上げて立っていた。

 ゼルスは両手で大きな戦斧を持っており、今にもこちらに斬りかかってきそうなほど殺気立っている。


(何が彼をここまで怒らせてしまったんだ? できるだけ優しく、丁寧に接したつもりだったんだけど……?)


「おい、ガキ! 不正を認めて土下座するのなら許してやるぞ!」


 困惑しているリオンに、ゼルスが最後通告のように怒鳴ってくる。


「さっさと地べたに這いつくばりやがれ! さもないと、この斧で身体を真っ二つにしてやる!」


「いや……それはちょっと無理かな?」


「あ?」


「やってもいない不正を認めるわけにはいかない。お金を返すことになっても困るからね」


「ほお……つまり、俺に殺されたいってわけか? 良い度胸じゃねえか」


 ゼルスの殺気が強くなる。今にも爆発してしまいそうなほどに。


(うーん……この様子だと話し合いは無理みたいだな。これも都合が良いかもしれないし、戦うか)


 ゼルスという男には恨みも憎しみもなかったが……ちょうど、リオンはこの時代の冒険者がどの程度の実力なのかを知りたかったところである。

 目の前の男がBランク冒険者……冒険者の中でも一流に属していることは受付嬢から聞いていた。

 今時の冒険者を測る試金石としては十分ではないか。


「それじゃあ、始めようか。審判役は必要かな?」


「いらねえよ! テメエは命乞いの言葉だけ考えてろ!」


「わっ!」


 開始の合図もなく、ゼルスが地面を蹴って飛び込んできた。

 リオンが驚いて横に飛ぶと、先ほどまでいた場所に戦斧が叩きつけられる。


「おいおい……不意打ちは卑怯じゃないか?」


「ウルセエ! これも冒険者の戦い方だ!」


 ゼルスは今度は横薙ぎに戦斧を振って、リオンの胴体を両断しようとする。

 リオンはバックステップによって斬撃を避けた。


「らあっ! らあっ! うるおわあっ!」


 しかし、ゼルスは何度も何度も戦斧を振るってはリオンを追い回す。

 かなりの重量がありそうな戦斧を軽々と振り回し、何度となく重い斬撃を放ってくる。

 そのたびにリオンは跳んで躱し、しゃがんでは避けるを繰り返す。


「逃げるんじゃねえ! ビビってんのかあ!?」


「ビビってはいないけど……うーん、これはどう採点したものかな?」


 ゼルスが振るう戦斧を回避しながら、リオンは「うーん」と考え込む。


 こうして戦ってみた感覚だと……ゼルスは弱くはない。

 リオンがかつて共に戦い、邪神を打ち滅ぼした仲間達と比べると見劣りはするが、一兵卒としては足を引っ張らない程度の実力はあるだろう。


(だけど……この男はBランク冒険者。つまり、冒険者の中でもかなり上位の使い手だよな?)


 もしもゼルスがDランク程度の冒険者であったのなら、この時代の冒険者も捨てたものではないと称賛することができる。

 しかし、この程度が冒険者ギルドの主戦力であるとするならば、正直、失望は避けられなかった。


(問題はBランク冒険者がどれくらいいるか。そして、その上にいるAやSの冒険者がどれくらいの実力かだな)


 もしも冒険者ギルドにゼルスと同程度か、それに毛が生えた程度の力の持ち主しかいないのであれば……正直、復活した邪神との戦いは絶望的になるだろう。

 今度こそ、人類は滅ぼされてしまうかもしれない。


(冒険者ギルドで勇者の子供を産んでくれる女性を探すのも、無駄足になってしまう可能性が高いな……)


「オラオラオラオラオラ! どうした、逃げるのが精いっぱいかあっ!?」


「いや……もう十分だ。そろそろ反撃するよ」


「あ……?」


「『悪くはない。だけど良くもない』……採点終了だ」


 リオンは目の前の男に見切りを付けて、決着をつけることにした。


「『凍えよ剣』」


 リオンが短くつぶやくと、右手に凍えるような氷の剣が出現した。


「なっ……魔法使いだと!?」


「厳密には魔法剣士だよ。魔法もできるし剣も振れる」


「馬鹿な! そんな奴がいるわけ……」


「フッ!」


 それ以上の問答をすることなく、リオンが剣を振る。

 氷の剣がキラリと光の尾を引いて走り抜け、ゼルスの腹部を切り裂いた。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!?」


 ゼルスが絶叫する。

 腹部を切られた男は戦斧を投げ出し、大量の血液を撒き散らして…………否、血を一切流すことなく地面に倒れた。


「傷口を凍らせたらか出血はないはずだ。早く手当をしてもらうと良い」


「グ……ア……」


 倒れたゼルスを見下ろしながら、リオンは溜息交じりに告げる。

『凍えよ剣』は斬った相手の肉体を芯まで凍らせて動きを止めて、そのまま粉々に砕いてしまう魔法剣だった。

 しかし、今回は魔法の威力をかなり下げており、肌の表面を氷漬けにして止血するために使っている。


「馬鹿、な……この俺が、新人の小僧なんかに……」


「…………」


 ゼルスが地面にうずくまり、悔しそうに呻く。

 周りにいたギャラリーの中から神官らしき男が出てきて、ゼルスの怪我の手当てを始める。


「ああ……そうだな、運が良かった。貴方は強かったよ」


 どこか空々しい気持ちになりながら、リオンはそんなふうにつぶやく。

 正直、Bランク冒険者であるゼルスの実力には落胆せざるを得なかった。

 このままでは、将来的に復活した邪神によって人類が滅ぼされてしまうのではないか。リオンが百人の子供を作ったとしても焼け石に水でしかないのではないか……そんな考えが脳裏にこびりついていた。


(何か、対策を考える必要があるのかもしれない……時間がない。たった一年でどこまでできるというんだ?)


 子供を作るという任務すらもほとんど手つかずだというのに、今のリオンにどれほどのことができるというのだろう。


「とりあえず……俺の実力は証明できたよな。素材の換金も終わったことだし、今日はこれで帰らせて……」


「皆、これは何の騒ぎですか!?」


「ん……?」


 帰ろうとするリオンであったが……鋭い声が通りに響きわたり、足を止めることになった。

 振り返ると、決闘を見学していたギャラリーが割れて、そこから三人組の女性が現れる。


「…………!」


 現れたのは冒険者と思われる三人組の女性だった。

 いずれも若くて、十代後半から二十代半ばほどの年齢である。


(まさか……本当に……!?)


 三人組の先頭に立っている人物の姿を見て、リオンは息を呑んだ。

 その女性はプラチナの美しい髪を滝のように背中に流しており、白銀に光り輝く鎧を身に纏っていた。

 まるで神に選定されし戦乙女のように威風堂々とした雰囲気を放ち、ツリ目がちの瞳でその場にいる全ての人間を睥睨する。


「これ以上の騒動は、スノーブルク支部が筆頭冒険者であるアルフィラ・スノーウィンドが許しません! 一同、剣を引いてそこに直りなさい!」


「…………!」


 叩きつけるような声は自身にみなぎっている。


 強い。

 一目見た瞬間、リオンは電撃が走ったように理解した。


 突如として現れたその女性……アルフィラ・スノーウィンドと名乗る彼女は、他の冒険者とは明らかに『格』が違っている。

 かつてリオンと共に邪神と戦った英雄達と比べても、遜色がないであろう実力の持ち主だった。


(この時代の冒険者は弱体化していて期待外れだと思ったが……どうやら、認識を改める必要がありそうだ。ちゃんと強者も残っていたらしい)


 リオンは高鳴る胸、激しい興奮を必死になって抑えようとする。


(彼女だ……彼女ならば、間違いなく強い子供を産む。邪神を討伐しうる勇者の母親になれるに違いない……!)


「この騒動の中心は……貴方ですね?」


 アルフィラと名乗った女性がリオンに気がつき、肩で風を切るようにして歩み寄ってくる。


「見ない顔ですが……私達の留守中に登録をした新人ですか? 何があったのかは知りませんが、通りでこれ以上の戦いは…………あ?」


「…………」


 リオンは無言のまま、近づいてきたアルフィラの手を取った。

 彼女の右手を両手で包み込むように握りしめ、エメラルドのような碧眼をまっすぐに見つめる。


「ちょ……何をするんですか、初対面の殿方に手を握られる覚えは……」


「そんなことはどうでもいい」


「は?」


「スー……」


 リオンは困惑するアルフィラの手を握りしめたまま、大きく息を吸ってその言葉を言い放った。


勇者()の子供を産んでくれ……!」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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