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11.姉妹の決意


 その日、リオンは孤児院に泊めてもらうことになった。

 昨日と同じように宿屋に泊ろうとしたのだが、お礼にごちそうさせて欲しいと姉妹からの強い要望で強引に連れ込まれたのである。


 院長はロンザ老が生成した薬を飲んだらすぐに症状が改善し、顔色も良くなった。

 メイナとアルティも泣いて喜んでおり、他の子供達も泣きながら笑っていた。

 豪華な料理……あくまでもこの貧しい村にしてはだが、メイナが作ったとっておきの料理が振る舞われた。


 さらに院長の快報を聞いた村人が何人も訪れて、鹿やイノシシの肉、釣ったばかりの魚、貴重な酒を持ってきて、お祭り騒ぎのような宴になったのである。


「やれやれ……ちょっと疲れたな」


 深夜まで続いた大騒ぎも終わり、リオンは孤児院の外で夜風に当たり熱くなってしまった身体を冷やす。


 勇者として無双の強さを持ったリオンであったが、酒にはあまり強くなかった。

 村人からたらふく飲まされたせいで足元がふらついてしまう。

 おまけに、村人から色々と質問攻めにあって詮索されたことで、必要以上に汗をかいてしまった。

 本当の素性を明かすわけにもいかず、誤魔化すのに苦労させられたものである。


「フー……涼しい」


 山間にあるこの村は夏場でも気温が低く、夜の冷えた風が火照った身体を冷ましてくれる。

 心地良い夜風に身体をさらしながら、リオンは満天の星が浮かんだ夜空をぼんやりと見上げた。

 時代は変わり、住んでいる人々の顔ぶれも大部分が変化したが……この星空だけが変わらない。勇者として旅をしていた頃にも、よく空を見上げて故郷を思い出していたものである。


 ぼんやりと黄昏(たそがれ)ているリオンであったが……その背中にふと声がかけられた。


「何を思っているのですかな、旅の方」


「ん?」


 振り返ると、そこにはカーディガンを羽織った年配の女性が立っていた。孤児院の院長……リーベルという名前のお婆さんである。


「起きていて大丈夫なのですか? 病み上がりですし、まだ寝ていた方が良いのでは?」


「御心配なく、薬のおかげか気分がとても良いものです。それにしても……またしても、貴方に助けられてしまったようですね。娘達がご迷惑をおかけいたしました」


「構わないさ。それよりも……娘さん達を危険な場所に連れていったことを謝らせてもらいたい」


 リオンが頭を下げると、リーベルが苦笑しながら手を左右に振る。


「いいえ、貴方が連れていかずとも、あの子達だったら自分で行ってしまったでしょう。二人とも無鉄砲な子達ですから……置いて逝くのが心配で仕方がなかったので、本当に助かりました」


「そうだな……本当に無鉄砲な子達だよ。同じようなことを仕出かさないか心配になる」


「それは大丈夫かと。たっぷり叱っておきましたし、今回のことで随分と懲りたようですから。もう危険な場所に足を踏み入れることはないでしょう」


「そうだと良いんだけどね……そろそろ、中に戻った方が良い。身体を冷やしてしまう」


 リオンは肩をすくめて、リーベルを孤児院の中に戻そうとする。

 しかし、リーベルはゆっくりと首を振りながら、リオンに向かって一つの提案をした。


「リオンさん……貴方はこの村で暮らすつもりはありませんか?」


「……急な話だな。どういう意味で聞いたのかな?」


「私はもう年です。今回は助かりましたが、もう何年も生きはしないでしょう。いずれあの子達を置いて死ぬことになる。リオンさんのような人が傍にいてくれたら安心するのですが……」


「……残念ながら、それはできないな。俺にはやることがある」


 女神から与えられた使命を果たすため、百人の子供を残さなくてはいけない。

 そうでなくとも、リオンに与えられた仮初の命は一年で尽きることになる。彼女達のそばにはいられなかった。


「そうですか……でしたら、仕方がありませんね」


 リーベルはそれほど残念そうに見えない微笑みを浮かべて、リオンに背中を向けた。

 そのまま孤児院の中に戻っていくが……建物の中に消える寸前、ポツリと小さく言葉を投げかけてくる。


「最後に……あの子達の願いを叶えてくれたら嬉しく思います。女神に遣わされた偉大なる勇者様に至上の感謝を」


「…………!」


 問いただすよりも先にガチャリと扉が閉まり、リーベルの姿が見えなくなる。

 その言葉はどういう意味だったのだろう……リオンは首を傾げながらも、自分も孤児院の中に戻ることにしたのであった。



     〇     〇     〇



「ハア……」


 孤児院にあるキッチンにて、紫色の長い髪を腰まで伸ばした若い女性……メイナが深く溜息をついた。

 先ほどまで、村中の人が集まって院長の快癒祝いのお祭り騒ぎをしていた。すでに宴は終わり、村人も帰っている。

 後に残されたのは大量の食器や酒ビン。宴の後片づけである。


「ハア……」


 溜息をつきながら食器を片付けるメイナであったが……彼女が落ち込んでいるのは、大量の使用済み食器を前にして途方に暮れているわけではない。

 メイナの脳裏に浮かんでいるのは、昨日会ったばかりの青年。リオンが戦っている姿である。


 最初はオークに襲われたところを助けられた。

 絶体絶命だと思ったところに颯爽と登場して、メイナとアルティを救い出してくれた。

 そして……姉妹の恩人である院長のリーベルのために危険な場所まで一緒に来てくれて、とんでもない怪物を討伐した。


 その戦いぶり、勇敢な姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。

 リオンの顔を頭に浮かべるだけで心臓がドキドキと高鳴る。身体の奥が熱くなって、走り出したくなるほど落ち着かなくて……こんなことは生まれて初めてだった。


「リオンさん……本当に行ってしまうのでしょうか?」


 リオンが明日、村を出て大きな町に旅立つという話はすでに聞いていた。

 そのことを思うと、胸が絞めつけられるように痛くなって呼吸が苦しくなる。


(そうか……私、リオンさんのことを好きになったんだ……)


 アルティは唇を噛む。

 容姿に恵まれて年齢よりも大人っぽかったアルティは、幼い頃から、村の少年達に好意を寄せられていた。

 愛の告白をされたことは一度や二度ではなく、年頃になってからは結婚だって申し込まれている。

 村の男や外から来た商人などに好意を告げられた時にはしっくりと来ず、彼らの思いを受け入れることができなかった。

 それなのに……どうして、リオンのことを思うとこんなにも胸が高鳴るのだろう。


(いっそのこと、村を出てリオンさんに付いて行きたい。だけど……)


 だけど……それはできない。

 リオンと自分達と出は住んでいる世界が違う。

 それはリオンと一緒に魔窟に入ったことで、嫌というほど思い知ってしまった。


(リオン様はきっと、何か大きなことを背負っている。それこそ、物語の英雄や勇者のように素晴らしい偉業を成し遂げるのでしょう。私のような何の取り柄もない村娘がついて行ったところで、リオン様の足を引っ張ってしまうだけです)


 それに……孤児院のことも気がかりだ。

 実の親のようにして面倒をみてくれたレジーナを、まだ年端もいかない子供達を置いて出ていくことなど、メイナにはできなかった。

 一人の男性を愛しく感じる想いはあれど、そのために全てを投げ出す勇気も意思もない。

 やはり、メイナは普通の村娘なのだろう。


(私とリオン様は人生のほんの一瞬、すれ違っただけ。最初から手が届かない存在だったんだわ……)


 メイナは唇を噛んで、引き留めることなくリオンを見送ることを心に誓う。

 高鳴る胸に、人生の中で初めて生まれた恋心に蓋をし、二度と開かないことを決めた。


『……いいの?』


 しかし……そんなメイナの耳に虫の羽音のような小さな声が聞こえてくる。


『本当にそれでいいの? 後悔せずにいられるの?』


「誰?」


 ふと聞こえた声に振り返るが、そこには誰もいなかった。

 聞き覚えの無い声である。孤児院の誰でもないし、村人の誰でもない声だった。

 それなのに……不思議となつかしく、親しみが湧いてくる。


「空耳かしら……?」


 人生最大の大冒険のせいで、疲れているのかもしれない。

 首を傾げて食器の片付けに戻ろうとするメイナであったが……見下ろした先、水を張った水盆に映し出された自分の顔を見て息を呑んだ。


「え……!?」


『貴女は彼のことが好きなのでしょう? 彼に惹かれているのでしょう? それなのに……彼をこのまま送り出してしまった良いのかしら?』


 水盆に浮かんだメイナの虚像が口を利く。

 責めるような……それでいて哀れむような顔をして、訥々(とつとつ)と語りかけてくる。


「あ、あなたは……?」


『私はもう一人の貴女。かつて愛していた少年を送り出し、二度と帰ってこない彼の死に後悔をした愚かな女よ』


「…………?」


『貴女には私のようになって欲しくないの。だから……どうか、貴女は自分の心に従って、正直に生きて頂戴。彼の……を……あげて……』


 言葉の後半は上手く聞き取れなかったが、不思議とメイナには水盆の中の彼女が何を言いたいのかが理解できた。


 水面に波紋が生じて虚像が揺らぎ、次の瞬間には異変は収まっている。

 水に映し出されているのはメイナ自身の顔である。語りかけてくることは無く、面食らったような自分の顔が浮かんでいた。


「そっか……そうよね……」


 しかし、すでに十分に意思は伝わっている。

 自分が何をやりたいのか、何をするべきなのかが感覚的に理解できた。

 先ほどの異常現象はやはり幻だったのだろう。メイナの深層心理が自分自身に語りかけてきて、秘めたる願いを教えてくれたのだ。


「リオンさん……!」


 メイナは胸の前で手を握りしめ、決意を込めた表情で顔を上げる。

 リオンが休んでいるであろう部屋に向かう足取りに、もはや迷いは無かった。


 幼虫のように未熟だった少女は蛹となり、羽化を果たして蝶となる。

 もう子供ではない。覚悟を決めた『女』の顔をしたメイナを止められる人間は誰もいなかった。



     〇     〇     〇



 一方、姉妹の妹であるアルティは自室のベッドで悶絶していた。


「うー……ドキドキするよう。何なの、これ……!」


 ベッドに横になって枕を抱きしめ、両脚をバタバタと激しく上下させた。

 いくら悶絶して振り払おうとしても、アルティの脳裏に一人の男性の顔が浮かんでくる。

 もちろん、命の恩人であるリオンの顔だった。


「お兄さん……今頃、何やってるのかな?」


 リオンはアルティの周りにはいないタイプの男子だ。

 アルティがこれまで知り合った男性は、田舎の村育ちの素朴で垢抜けない男達か、あるいは粗暴で野蛮な男達だった。

 リオンはそのどちらにも該当しない。

 優しく、落ち着いた雰囲気でありながら素朴とは違う。まるで天を衝く大樹のようにどっしりとした余裕の態度。

 社交的でこちらを気遣ってくれているのだが、それなのに一定の範囲から内側には決して踏み込ませない鋭さ。


 ただ者ではない。

 自分達とは住む世界が違う。

 それを出会ってから一日で、否が応でも理解させられる。

 まるで物語の主人公が本から飛び出してきたようであった。


(お兄さんは明日になったら村から出ていってしまう……多分、もう二度と会うことはない……)


 引き留めたい。

 あるいは、縋りついて連れていって欲しい。

 だけど……それは許されない。

 自分ではリオンについていくことはできない。


 リオンは吹き抜ける風のような存在だ。

 どれほど手を伸ばそうとも掴むことはできないし、アルティの脚ではとても追いつけない。


「お兄さん……お兄さん……お兄さん……」


 アルティはひたすらつぶやきながら、ゴロゴロとベッドの上で転がる。


「ふえ?」


 しかし、そこでふと部屋の中に気配を感じた。

 自分と姉が使っている部屋に……誰もいないはずの部屋に、自分以外の誰かがいる。

 そんなふうに直感的に思ったのだ。


「え、誰? お姉ちゃん?」


 悶絶していた恥ずかしさもあって慌てて身体を起こすが……そこには誰もいない。

 やはり部屋にいるのは自分だけだった。


「……気のせいかな? 誰かいると思ったんだけど」


 首を傾げるアルティであったが、ふと衣装タンスが開いているのが目についた。

 観音開きの扉がいつの間にか開いており、風もないのに前後に揺れている。


「…………?」


 古い衣装タンスである。立て付けが悪くなったのかもしれない。

 アルティはベッドから立ち上がり、扉を閉めようとする。


「あ……」


 そこで中に入っていた一着の服が目に留まった。

 それはかつて孤児院の院長であるリーベルが買い与えてくれた服。

 いずれ素敵な男性と出会ったら使いなさいと言われていた服……シースルーのネグリジェだった。

 姉のものと色違い、ピンク色のネグリジェはいかにも扇情的なデザインをしており、初心なアルティは見ているだけで赤面してしまうものである。


「これだ……!」


 だが……いつもであれば衣装タンスの奥に突っ込むその服の存在が、今のアルティには天啓のように感じられた。


 たとえ色仕掛けをしたとしても、リオンを引き留めることは叶わないだろう。

 それでも、構わない。

 たとえ一晩の恋であったとしても……エッチな服を着てリオンと会えば、高鳴り続ける胸の鼓動に答えが出るかもしれない。


「いこう! やろう! 頑張るっ!」


 女は度胸。勢いが大切である。

 アルティは猛然と服を脱ぎ捨てて、裸の上にシースルーのネグリジェを纏った。

 姉と比べると細身ではあるものの、膨らむところはしっかりと膨らみ、締まるところはしっかりと締まったバランスの良いボディが露わになる。


「いくよっ、お兄さん! 覚悟しておいてねっ!」


 アルティは勢いに突き動かされて、部屋から飛び出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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