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10.調薬と決意

 その後、リオンは何事もなく村に戻ってきた。

 村に到着した頃にはすでに日暮れになっており、ちょうど太陽が西の空に沈むところだった。

 おかげで外を歩いている人影もまばらになっていて、濡れそぼった格好のメイナとアルティの姿を見られることもなかったのは幸いである。


「孤児院に戻る前に、薬師のお爺様に材料を渡しにいきましょう」


「そうだね、早めに届けておいた方が良いよね。お爺ちゃん、きっと驚くよね」


 姉妹の提案に乗り、リオン達は町はずれにあるロンザ老の丸太小屋へと向かうことにする。

 小屋についてドアをノックすると、意外なことにすぐに内側から扉が開かれた。


「なんじゃ、またお主らか」


 姿を現したのは白髭のドワーフ。

 この村で唯一の薬師であるロンザ老だった。

 ロンザ老は朝とは違って酒を飲んでいないらしく、素面で意識もハッキリとしている様子である。


「ぬ? どうした、そっちの二人は服を濡らしているようじゃが、お楽しみの後か? ワシも呼んでくれれば良かったのにの」


「違います」


「違うよ!」


 メイナとアルティが同時に否定する。

 確かに、雨が降っているわけでもないのに服を湿らせた二人の女性の姿はかなり妖しい。何らかの『行為』の後であると疑われても無理はなかった。


「ロンザさん、薬草を採ってきたので薬を作ってもらえますか?」


「お主ら……まさか、本当に魔窟に行ってきたのか?」


「ええ、まあ……」


「呆れた……命がいくつあっても足りぬぞ」


 ロンザ老は呆れ返った様子だったが、不思議と驚いた様子はなかった。

 まるで、リオン達が薬の材料を採ってくることを予想していたようである。


「……まあ、いいじゃろう。材料があるのなら否とは言わぬ。薬を作ってやるから、さっさとよこせ」


「ああ、お願いします」


 リオンが『紅蓮草』とオークの死体から削ぎ取った魔石を取り出し、テーブルの上に置いた。


「錬金術で薬を作るのであれば、魔石も必要ですよね? これを使ってください」


「フン……妙に気の利くガキじゃな。気に入らんわい」


 言いながらも、ロンザ老は『紅蓮草』といくつかの薬草を混ぜ合わせ、すり鉢で潰していく。そこにハンマーで砕いた魔石を加えて、さらに細かくしながら混ぜ合わせる。

 慣れた手つきで薬を製作している姿は、ロンザ老が熟練の薬師であることを窺わせるものだった。

 リオンの背中越しにテーブルをのぞき込んだアルティも感心したように目を輝かせる。


「へえ……お爺ちゃんってこんなにすごかったんだ。今日はお酒も飲んでないし、まるで別人みたい」


「フン、薬を作るのに酒を飲む奴が何処におる。どんな酒豪のドワーフだって、本気で鍛冶や精製をするときには酒を断つわい」


「ふーん……あれ? もう夜なのにお酒を飲んでないってことは、ひょっとして、私達が薬の材料を採ってくるって信じてたの?」


「……さあな。そんなことよりも、錬金を使う。少し離れておれ」


 ロンザ老が材料を混ぜ合わせたすり鉢に手をかざし、魔法を発動させた。

 すると青白い魔力の光がすり鉢を包み込み……やがて、石製のすり鉢の底に赤い液体が出現する。


「これって……」


「完成じゃわい。上手くいって良かったのう」


 ロンザ老がすり鉢の底に残った液体をスプーンで掬い、ガラス製の小ビンの中に入れる。

 使用した材料に対して、作成された薬の量はごくわずかだった。

 この少量の液体の中に薬の成分が……魔石に込められていた魔力や『クリムゾン・アヤワスカ』の強靭な生命力が凝縮されているのだ。


「これを飲めば院長の婆さんも良くなるじゃろう……ほれ、もっていけ」


「ありがとうございます、ロンザさん!」


「ありがとう! お爺ちゃん!」


「ぬうっ……!」


 メイナが小ビンごとロンザ老の手を握りしめ、アルティがずんぐりむっくりの胴体に抱き着いた。

 セクハラ好きのスケベ爺が顔を赤くして固まった。どうやら、女性の方から身体を触られるのは気恥ずかしいようだ。


「こ、こりゃ! 離れんか!」


「あれ? お爺ちゃんってば照れてるの?」


「やかましいわい! 尻を触るぞ!?」


「ハハッ」


 微笑ましいやり取りを見ながら、リオンは穏やかに微笑んだ。

 百年前からずっと生きているロンザ老がいて、幼馴染の二人によく似た姉妹がいて。

 そして、自分もここにいて、一緒になって笑っている。

 まるで村に暮らしていた頃に戻ってきたようだ。偽りであるとはわかっているが、一時の幻想でも嬉しかった。


(良かった……これでもう、この村に未練はない)


 勇者として旅立ち、一度として帰郷することのなかった生まれ故郷。

 そこに帰ることなく死んでしまったことを悔いていたが……こうして再び足を踏み入れて両親の弔いをすることができた。

 幼馴染とよく似た二人を助けることができた。


(もう十分だ。明日には村を出よう)


 そして……たった一年、五百日の人生を女神の使命を果たすために使おう。

 一人でも多くの女性と交わり、勇者の子供を産み落として……いつかやって来るであろう邪神討伐のために備えよう。


 百人の子供を作る。

 好きで押しつけられた使命ではないし、苦手な分野である。

 だが……それでも、未来を守るために精一杯に尽くすことをリオンは改めて心に決意したのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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